トイレ問題

 

元気をアピール!?

 

米寿を超えても久子さんは元気そうに見えていたが、それはぼくが週一で会っているから、微妙な変化に気づかなかっただけかもしれない。

 

最近の様子からみると、トイレに関するトラブルが明らかに増え、認知機能の衰えは確実に進んでいる。

 

高齢者の認知機能の衰えがどのようにその人の生活に影響を及ぼすか、専門的には認知症の周辺症状と呼ばれる様々な異常な行動があるが、その中でもトイレに関する問題は人の尊厳にかかわる厄介な影響を及ぼすことになる。

 

そして家族による排泄介助においては、時に性別が大きな壁になることがあり、この問題はぼくの悩みであり、現状では一番大きく立ちはだかっている。

 

ぼくの経験を言うと、父親の介護での排泄介助はなんなく処理できたが、母親となると大きな壁が立ちはだかっていて、まだ経験がない。

 

ある研究者のデータによると、息子が母親の介護している割合は全体の7%ほどらしい。

 

ある日曜日の夕方、久子さんを訪ねると、おなかが痛いと下腹部をさすっていた。

 

『どんなふうに痛いの?下痢気味なの?それとも便秘気味?』

 

『下痢はしていないけど、、、トイレに行ってもうまくできないし、入り口が痛いの』

 

入り口?おそらく出口のことを言っているのだろう。

『うんわかったよ、看護師さんに来てもらおうね』

 

おそらく痔の症状があって、痛みを訴えているのだろうか、そうであれば看護師さんに診てもらうのが一番だ。

 

『来てもらいたいけど、痛いことされると嫌!絶対に嫌だから!』

 

『大丈夫だよ、一番上手に診てくれる看護師さんにお願いするから安心して』

 

認知症の症状が進むにつれて、久子さんはまるで幼稚園の子供のような反応をしめすことがあるから、ついつい笑ってしまう。

 

日曜日の夕方、看護師さんが直ぐに来てくれるだろうか、不安な気持ちで施設長に連絡をお願いしてみた。

 

週に一度診てもらっている訪問看護事業所の慣れた看護師さんと連絡がつき、1時間ほどで来てくれることになった。

 

『いつも診てくれている慣れた看護師さんが来てくれることになったよ、よかったね』

 

『看護師さん何するの?来なくていい、どこも悪くないのに来なくていい』

 

『おなか痛いんでしょ』

 

『おなかなんか痛くない!こんなに元気だから』

 

突然立ち上がり手をくるくる回しながら元気をアピールしだした。

 

看護師さんが到着する前に夕食の時間がくるので、久子さんに食事できそうか聞いてみた。

 

『ごはん食べるわよ!あたりまえでしょ!元気なんだから!』

 

とりあえず食欲と元気をアピールする気力があるので安心した。

 

看護師さんに感謝!!

 

久子さんの食事中に看護師さんがみえたので、最近の健康状態をうかがいながら今日の状態を報告した。

 

週に一度の定期的な健康チェックや爪を切ってもらっている、大変ありがたい訪問看護師さん、でも久子さんは3回に1度くらいは強い拒否を示して、看護師さんの入室を拒否しているとのこと。

 

ご迷惑をかけて本当に申し訳ない気持ちを伝えて、今日もおそらく強い拒否反応を示すだろうことを伝えた。

 

久子さんが食事を終え部屋に戻ってきたが、だれか知らない人がいるけど何?という声が今にも口からでてきそうなオーラを、顔の表情いっぱいに出していた。

 

『久子さーん、こんにちはー、お食事どうでしたか?おいしく食べられましたかー』

 

『あらー来てくれたの、あらそうなの、どうかしたの?忙しいのに大変ね、こんなところに来なくていいのに』

 

歓迎しているのか、警戒しているのか、嫌味を言っているのかよくわからない言い方で看護師さんを迎えている。

 

『久子さん、食事はおいしかったですか?』

 

『とってもおいしかったですよ、きれーいに食べましたよ』

 

『それはよかったです、こんなこと食事作った人が聞いたらうれしいでしょうね』

 

『久子さんお元気そうなので大丈夫だと思うけど、いま風邪が流行っているので、念のため体温と血圧を計りたいんですがいいですかー』

 

『あらそうなの、体温と血圧ならいいわよ、計ってちょうだい』

 

看護師さんは久子さんの性格をよくわかってくれている、拒否反応が起らないように優しく丁寧にゆっくりと説明してくれている。

 

『お熱と血圧大丈夫ですよー、久子さん少しだけおなかの音を聞かせてくれる?』

 

『そんなことしないでちょうだい!人が嫌がることしないで!』

 

『聴診器をあてるだけで、久子さんのとても元気なおなかの調子が聞こえるので、少しだけ聞かせてくれる?』

 

『私のおなかの音を聞きたいの?でもおならの音は嫌よ』

 

バカな事を言うぐらい、なんだかわからないが元気いっぱいだ。

 

看護師さんの言葉に久子さんも快くとは言えない表情でおなかを出した。

 

看護師さんは聴診器で音を聞いたあと、久子さんに声をかけながら少しだけおなかを押して腸の動きを確認してくれた。

 

『何するの!痛いじゃない!そんなことしないで!』

 

当然のごとく強く嫌がり、短時間しかおなかを触れなかったが、腸の音や動きに大きな問題はないだろうと、看護師さんが言ってくれた。

 

これだけでも長男としてはとても安心した気持ちになり、不安の8割は減った。

 

『じゃあ肛門を確認してみますね。』

 

いよいよ本日の久子さんとの闘いの本丸、お願い!お願い!

 

祈るような気持ちで看護師さんの対応と久子さんの表情を見つめた。

 

『痛い!何するの!もう帰ってちょうだい!』

 

『看護師さんが痛い所が良くなるように処置してくれるから少しだけ我慢してね』

 

『こんなにへたくそな人でなくて、もっと上手な人に来てもらってちょうだい!あなたはダメ!帰りなさい!』

 

何を言ってもダメだった。

 

それでも短時間だったが看護師さんは久子さんの症状をきちんと把握してくれた。

 

『少しだけ痔の症状があって、近くまで便がきていて、そんなに硬い便ではないみたいですよ、食事も食べられたようなので、しばらくするとお通じがあると思いますよ』

 

ありがたい、本当に来てもらってよかった。

普段の久子さんの強い拒否を知っていて、短時間できちんと処置をしてくれた最高の看護師さんだった。

 

『久子さんよかったね、一番上手な看護師さんに来てもらって、これで安心だよ』

 

訪問看護の有難さを改めて感じた日だった。

 

米寿を超えた久子さんの今後を考えると、訪問看護も皆さんとの情報交換が重要になるだろう。

 

『あんたも早く帰ってちょうだい!よけいなことばかりするから早く帰りなさい!』

 

『はいはい、また来るね』

 

日曜日の夕方、体の異常を訴えられてもどうしようもない、と思っていたが、看護師さんの対応に救われ、久子さんの帰れコールにも気分よく帰宅することができた。

2024.11.14

カテゴリー:ぼくの久子さん