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お客を呼ぶ猫
久子さんのベッドのわきには実物大くらいある三毛猫のぬいぐるみが置いてある。何年もまえの久子さんの誕生日に、ぼくの弟がプレゼントしたものだ。
今はロボットのペットも開発されているが、ぬいぐるみも捨てたものではない。触り心地の良さ、実物と同じようなぬくもり、今にも声を出しそうなリアリティ、そんなぬいぐるみを久子さんは長年大事にしている。
『一人で狭い部屋で寂しくない?』
と何度ぼくが聞いても久子さんからは『さみしい』という言葉を聞いたことが無い。
本当は猫でも飼えたらさぞかし楽しいに違いない。しかし、残念ながらこの環境ではできない。
久子さんはマグカップやハンカチなど猫の絵のあるものを選んでいる。久子さんが生まれた実家は、北陸本線にある田舎の小さな駅前で、昭和の時代50年ほど小さな旅館を営んでいた。
戦前から大企業だった小松製作所の、世界で一番大きな工場が近所にあり、小松製作所に関係のある人たちが利用していたみたいで、久子さんの実家は繁盛していたらしい。
久子さんのお母さんは、「猫はお客を呼ぶ」といって、必ず猫を飼っていたのだそう。
何代にもわたり三毛猫で、名前はタマと決まっていた。ぼくが子供のころ、その旅館に遊びに行くと、すぐにタマが寄ってきて、必ずぼくのにおいをかいでどこかに消えた。
どのタマも、同じ顔に見えたし、どのタマも白い毛並みが美しく、茶色と黒の模様がひときは目立っていた。
ぼくは小学生のころ、タマにいたずらをしようとしたが、タマの鋭い眼光にたじろいだことを覚えている。
タマは久子さんのお母さんの言うことしか聞かない、しっかりとしつけられた利口そうな猫だった。
年功序列??
生まれたときから、そのような猫と一緒にくらしていた久子さんは、今でも猫が大好き、でも犬は嫌いだ。
犬が嫌いな理由はある。当時、なぜか近所に野良犬がたくさんいたらしく、久子さんはそんな野良犬の声が怖くて犬が嫌いになったそうだ。
最近、久子さんから聞いた話によると、猫と久子さんは一緒にまとめて、おばばから厳しく厳しく躾けられていたそうでこんなことを言う。
『きちーっと、おしっこする場所とか、食事のしかたとか、厳しく厳しくしつけられたのよ、私もタマも一緒に厳しく育てられたわよ』
なんだか、厳しくしつられた猫がいたことを言いたいのか、自分は厳しく育てられたことを言いたいのか、なんでも自慢したがる久子さんの世界はいつも異次元ワールドだ。
健康なころの久子さんが、今の久子さんの話を聞いて、どのように補足するのだろう?
そして、今の久子さんの部屋の中にいる三毛猫のぬいぐるみも、ぼくにとってはかつてのタマのように威圧感ある存在になっている。
ぼくと久子さんそしてこの三毛猫の序列の順位はいかがなものか?
2022.08.23