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スマホで作戦成功!!
久子さんの部屋にはたくさんの写真が飾ってある。中でも久子さんのお気に入りは、故郷石川県の温泉旅館に親戚が集まった時の写真と、父の葬儀の時の集合写真だ。
ぼくの伯父さんや伯母さん、いとこや姪っ子、甥っ子、大勢が写っているので、久子さんにとっても一人ひとりの思い出がたくさんあるから、いつもいろんなことをつぶやいていた。2枚ともぼくの弟が持ってきてくれた写真、はがき大の大きさの中に20人以上写っているから、壁に貼ると一人ひとりが小さくて見にくい。
そこでぼくはその写真をスマホで撮影し、プリンターで印刷をしてA4サイズに拡大し、写真用のフレームに入れて久子さんに見せた。すると久子さんは、
『うわー、なんていい写真だこと、こんなに大勢写っている!うれしい!うれしい!!』
見せた写真は、以前から久子さんの部屋にあった写真だが、久子さんにとっては、初めて見る写真に生まれ変わった瞬間だ!
『いい写真をもらってうれしいわ!あんたはこういうところマメだね、よかった!ありがとー!』
はがき大の写真をそのままスマホで写して拡大しても、どうなんだろうか・・?とも思ったが、人の顔がきちんとわかる高いクオリティーを発揮してくれた!久子さんを喜ばせるには十分だ。今は、過去のアナログ写真をデータ化して再生できる、本当に便利な世の中だ!精密なカメラを備えたスマホと、きれいに印刷してくれるプリンターに感謝、感謝です。
久子さんはすっかり写真に夢中!!まるで、新しいゲームを与えられた子供のようだ。写真を眺めながら、ひとり一人、元気にしているか、ぼくに訪ねてくる。だが、既に亡くなっている伯父さんや伯母さんが何人もいる。
『あらー、そうなの、知らんかった、いつ亡くなったの?』
久子さんは父とともに、亡くなった人のほとんどの葬儀には、故郷である石川県に行き参列している。
『きっと、天国でみんな、こんなおばば、ま~だ生きとるんか!って笑っとるわ』
久子さんはよく自分のことを「こんなおばば」と表現する。
その人、息子です…
そして、父の葬儀の集合写真を見ながら、久子さんは
『お父さんのお葬式の写真なのにお父さんが写っているみたいだけど、なんか変だね、この人はだれ?』
写真の中に写っている父の遺影のことを言っているのかと思いきや、久子さんの隣に座っている男性を指していた。
『あのねー、それはぼくなんだけど!』
『あんたかいな、えらい貫禄があるように写っとるから、お父さんかと思ったわ』
『そこに写っているのは久子さんの旦那さんではなく、久子さんの息子なんですけど!』
この日久子さんは、ぼくが持ってきた写真にくぎ付けになり、約1時間半、休みなくしゃべり続けた。
ひとり一人のことを、詳しく聞いては忘れ、聞いては忘れを繰り返すエンドレスが続き、ぼくの忍耐に限界が見えても、久子さんは超楽しそう、超お元気。そして、写真の中で久子さんの隣に座っているぼくが、久子さんには、貫禄ある知らない男性に見えている、このやり取りが10回ほど続いた。
いつの日か久子さんに、ドアを開けた瞬間、
『どちらさまでしょうか』
と言われる日がやって来るのだろう。久子さんが100歳まで生きるとして、90歳を過ぎた頃には、ぼくは貫禄ある知らない爺さんになるのだろうか….それまであと5年…。
その頃には、どんな久子さんがいるだろう? 現在は超元気な「チビバンバ」だが、少しはおとなしくなっているのだろうか?
元気にはしゃぎすぎて、突然パタリと倒れて亡くなる。
そしてカッコイイ最期を迎えてもらいたいものだ。
2022.07.19