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久子さんの報告
久子さんは自分の携帯電話を大事に使っている。いつまで使えるのかわからないが、ガラケーだ。
久子さんの故郷は石川県。そこに住んでいる父の兄弟にあたる伯父さんや伯母さん宛に久子さんはよく電話している。以前はよく、伯父さん伯母さんからぼくに「久子さんが何言っているのかよくわからないんだけど、様子はどうだろう?」と連絡が入った。
なかでも故郷の親戚を一番心配させた久子さんのセリフが、『何日も食事を食べさせてもらえないから、痩せてしまった、やっとのことで歩いている。どうしたらいいの?』だ。それはみんな心配するだろう・・。
『息子が私のお金をとって全然渡してくれないの!』とよく電話がかかってくることもあったらしいが、食べさせてもらえていないことの方が、事実に思えるからだろう。
ぼくは、正直に認知症の進み具合を説明し、
『連絡がいくうちは元気だと思ってください』
そう伝えておいた。
一通り、様々な久子さんワールドが故郷に伝わってからは、伯父さん伯母さんからぼくに連絡がくることが減ったことは言うまでもなく、みなさん電話の内容をうまくスルーしてくれた。
ガラケーが起こした奇跡
さて、今日の久子さんは元気だろうか。
『あら、来てくれたの!うれしいわ!』
『あんたいくつになったんだっけ、もう60過ぎたの?』
『そうだよ、だいたいわかってるじゃん!』
日によって、全然違う久子さんになるから不思議。こんな日は話をしていて楽しい。机の上もいつもより整理されていたので、やけに久子さんの携帯電話が目立った。なぜかその携帯電話が、ぼくに話しかけているように見えた。
通話履歴の相手と時間帯を見ていると、久子さんの日常の姿が見えるようだ。久子さんはいろんな所に電話しているみたいだ。たくさんの履歴があったが、その内のひとつに目が留まった。
“くにお” とは、久子さんの夫、つまりぼくの父だ。もう亡くなって6年半が経っている・・。ぼくもその通話履歴から通話ボタンを押してみた。
『現在、電波の届かない所にいるか電源が入っていません』
一瞬ドキッとした。
電波の届かない所にいるの?つまりまだ生きているの?天国とつながっているの?どちらにしても、聞いている人はまだこの人と電話でつながるように感じる。久子さんはこのNTTドコモの返答に、どのように感じたのだろう?
『お父さんに電話したの?通話履歴に入ってるよ』
『そうなの?よくわからんわ』
4日ほど前のことなので、もちろん覚えていないのだろう。
どんな気持ちで電話したのか、NTTドコモの返答に対してどう感じたののだろうか・・。
『現在電波が届かない天国におります。お手数ですが、お仏壇かお墓からお話いただきますようお願いいたします』
亡くなられた方へのこんなサービスがあってもいいのかな。
2022.07.06