息子の頑張り
『久子さーん、ご飯の時間ですよ』
いつものようにスタッフがドアをノックして、優しく声をかけてくれる、久子さんの楽しみにしている昼食の時間だ。
今日の久子さんは、ドアを開けた瞬間から『いつ死んでもいいわ』を繰り返し、ぼくの訪問を歓迎する姿ではない。生きていくことに疲れた姿に同情してほしいという一面を見せていた。ぼくはできる限り不安を煽るようなことがないように、怒らせないように、言葉に気を付けて我慢していた。
『さぁ、久子さん!お昼ご飯を食べに行くよ、準備してください。今日はどんな美味しものが食べられるかなぁ?楽しみだね~』
ぼくが伝えても、久子さんは黙って、いつも持っているバッグの中に手を入れている。
『8000円しかないけど、スーパーに行って、お昼ご飯作る分を買うには大丈夫よね?それとも、あんた何か特別食べたいものあるの?』
『スーパーに行かなくても、これから食堂に行けば、久子さんのお昼ご飯が準備できているよ、さっきスタッフさんが呼びに来てくれたでしょ』
『そうなの?でもぉ〜、いつも自分でちゃんと作っているから、、作ってもらわなくていいのに、、もったいないわよ!』
『もう!今は食事なんて自分でつくってないでしょ?おかしなこと言わないでよ!』
この言葉を発している途中に、「言っちゃだめ!だめ!」と止めている自分の存在にも気づいていて、「あーあ、言っちまった〜」と心の叫びも聞こえる。
『馬鹿な事言っているのはあんたでしょ、私は毎日買い物に行って自分の食事はきちんと作って食べてるわよ、なによ!バカにして!』
きっとここで優しいヘルパーさんなら、
『そうね、そうしましょうか。じゃあ一緒にスーパー行くから出かける準備しましょうよ?』
と言って部屋から連れだし、食堂について食べ物を見た瞬間に、スーパーのことなんて忘れる。
だが、久子さんの息子であるぼくは、適切な対処法がわかっていてもできない。
「本当に情けない、、」
毎度の反省
家に帰る電車の中で、いつも反省する。なぜあの時あんな言葉を言ってしまったのか、、。
もし久子さんが施設ではなくぼくと一緒に住んでいたら、、、そんな想像をめぐらせると、虐待する家族の断トツは息子で40%。ということが頭をよぎる。
さて、そのような険悪な状態でも、不機嫌な久子さんをなんとか食堂まで誘導した。近くにぼくがいると、食事も美味しくないだろうと思い、ぼくは帰ることにした。
『じゃあまた来るね』
『お金どうしたらいいの』
『今日はぼくがちゃんと払っておくから、安心して食べて』
『うん!わかった。ありがとう!今度来た時は私がごちそうするわね。』
『よろしく』
久子さんが期待するだろう返事をすればいいんだ。喜ぶような返事をすればいいんだぞ息子!次は考えて行動しなさい!
久子さんとの未来を想像して
ケンカしながらでも、反省しながら、少しずつ少しずつ学び、久子さんとのスマートな協同生活を創っていこう。とにかく認知機能の低下以外は、どこも悪いところがない久子さんは、100歳越えも想像しておく必要があるだろう。
この元気なちびバンバに負けて、ぼくの寿命が短くなることだけは避けなければならない!
2022.06.21