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高齢者施設「あおぞら」
久子さんが入居している「あおぞら」は、一人では生活することが困難になった高齢者が、自分の部屋で一人でも自由に暮らせるように、必要な時に必要な分だけ介助やサービスをしてくれる、高齢者向けのアパートのようなところである。
1か月間の生活費用は、3食の食事代と家賃と光熱費と管理費とすべて合わせても、12万5000円ほどで暮らすことができる。
高齢者だから病院で出してもらう薬代等が別途かかるが、要介護1か2の人の医療費、介護費の自己負担分を加えても15万円から16万円ほどですべて賄えて安い。男性がもらえる平均的な厚生年金の範囲内で暮らせるように設計されているから有難い。
食事も配達されたものではなく、建物の中にある大きな厨房で作られた食事を出してくれるので、暖かくバラエティに富み美味しいと評判。
皆さん食事を楽しみにされ、3食バランスのとれた食事をきちんと召し上がっているので、とてもお元気な方が多い。
90人ほど住んでいる中で、100歳になる方もお二人ほどいるらしい。
高齢者の元気の源は、バランスがよくて、とくにタンパク質がきちんと取れる食事だ。
必要な方には医師や看護師、歯科医師、薬剤師、理学療法士、さらには美容士の訪問サービスを受けられる
至れり尽くせりだ。
この施設は、あるメーカーの社員寮だった建物を高齢者住宅に改装したもので、鉄筋コンクリート造の重厚な建物、そしてホテルのように廊下は全て建物の中なので、冬は暖かく夏は涼しい。
だから久子さんは、たくさんの医療、介護、食事、理美容など高齢者の生活を支えてくれる、とても素敵なスタッフに囲まれ、安心の施設で暮らしている。
久子さんの部屋は○△□号室、以前住んでいたマンションの部屋は□△○号室でぼくの誕生日は部屋番号と同じ○月△□日、これは全て偶然に起こったこと、だから○と△と□の3つの数字は久子さんのラッキーナンバーだ。
久子さんは入居したころ、毎日のように食事の心配をしていた。
最初の数週間、ぼくの携帯に毎日数回は電話があり、食事はどうしたらいいのか心配で聞いてくる。
『朝から何にも食べてなくて死にそうなんだけど、どうしたらいいの?』
演技力に磨きがかかってきた久子さん、本当に死にそうに感じる声を出している。
『「久子さーん、ごはんですよ!」って食堂のスタッフの人が朝昼晩の食事ができて決まった時間になると、必ず呼びに来てくれるから。安心してお部屋で待っててね』
『そうなんか、でもお金払っていないから一度も呼びに来てくれんわ、もう何日も食べてない』
『大丈夫、ぼくが前もって支払っているから安心して』
『それならいいけど、どこで食べるの?』
『ドアを開けたら、右側にまっすぐ行って突き当りが食堂だよ。覚えておいてね。』
『うんわかった、お金はどうするの?』
『まとめて支払っているから大丈夫。安心して。』
この繰り返しが続いた。
施設のありがたさ
『久子さ~ん、ごはんできましたよ〜どうぞ~』
と明るい声が聞こえた。
『あら、今日はちゃんと呼びに来てくれた、うれしいわ』
『何も食べさせてもらえなくて死にそう』と思い込んでいる久子さんが、スタッフの厚意を理解することはないかもしれないが、それでもスタッフはいつも優しく声をかけてくれる、本当にありがたい。
久子さんはスタッフに向かって『おいくら?』
『お金はいらないんですよ、食べに来てくれたらそれでいいのよ』
食堂にいくと、まだ数人ほどしかいなかったが、10分くらいの間に部屋は人でいっぱいになった。
今日の昼食のメインはおでん、フルーツはみかんがついていた。
久子さんはたべるたべる、、おでんとごはんをいったりきたり、本当においしそうに夢中で食べている。
普段は休むことなくしゃべる久子さんが黙々と、もくもくと食べている。
まわりの人を見ても、おでんを残している人は一人もいなかった。
ここに住んでいる人たちが食事を楽しみにしていることがよくわかる。
『お金はらったかな~、どうしたらいいの?』
久子さんの頭の中は、おそらく和食レストランにでも来たことになっているのだろう、しきりにお会計のことを心配している。
食堂のスタッフには、『息子さんが払ってくれましたよ』と言ってくださいとお願いしているが、おしゃべりな久子さんは、普段スタッフの皆さんに、どんなに大きな負担をかけているのだろうか。
久子さん一人だけでもぼくはギブアップしたのに、あおぞらのスタッフは、90人を超える方々のお世話をしてくれている。
自宅で家族による介護では、このような冷静な対応は困難で、症状を悪化させるケースが多い。
家族ですべて対応するのは無理だ、だからその負担を背負ってくれている。
しかも低料金で、本当にありがたいことだ。
2022.05.24