防空壕の話し
ケアマネさんが様子を見に来てくれた。
久子さんはケアマネさんが来ると、必ず防空壕の話と暗算が得意な話をする。
戦時中の思い出を話すのだが、防空壕へ入るとき、体が小さな久子さんは、猫のように首をつかまれて穴に放り込まれたという。
もちろん、いくら子供で体が小さいといっても首をつかんで投げるとは思えない。
それに防空壕の話は最近よく話しているが、
とても自慢げに話すが、何度も同じ話を聞かされるケアマネさんは苦笑い。
久子さんは自分の話を楽しそうに聞いてくれる人が大好きだ。
暗算の話し
『120たす120は240、250たす250は500、いつも3けたの暗算をしているの、みんなからすごいねって言われるの』
いつも同じ数字
ある日のこと、暗算の話をするドヤ顔の久子さんに、少しだけ意地悪をしたくなった。
久子さんが、いつものようにケアマネさんに得意の暗算を披露していたので、ぼくは、
『120たす125は?』
と言った。
久子さんは即座に
『245』
答えると同時に、ぼくとケアマネさんは、『おー!!』と声をあげた。
『おぬしやるなー、では次の問題です。』
『久子さんはスーパーに買い物に行きました。レジで5720円ですと言われたので、久子さんは1万円札を出しました。おつりはいくらでしょう?』
『5720円の買い物でしょ、1万円でしょ、えーと4千とえーとえーと2百、あとはえーとえーと80円』
ケアマネさんもぼくも、大声で、
『すごい!』『すごい!』『なんで!なんで!どうしたの?どういうこと?』
二人とも、思いつくありとあらゆる言葉で、摩訶不思議を表現した。
一方の久子さん、
『何ばかにしてるの、こんなの簡単でしょ』
ほめられてうれしいドヤ顔と、何かバカにされたようで不満そうな顔と、両方がいりまじった複雑な顔の動きを久子さんはしていた。
認知症の不思議
この数年間、顔を合わすたびに何度も聞かれるので、合計何百回と教えても長男の歳は覚えられない。
そして自分の歳については、覚えようとすらしない。
数字に関しては、決して弱くはないのだが。
ますます認知症という病気の不思議感が深まった。
2022.04.05