今年の母の日は残念ながら久子さんの所へは行けなかった。
久子さんには申し訳ないが、長崎の旅を入れてしまっていたのだ。
ところで母の日はいつか、はっきり答えられる人はどのくらいいるのだろう?
いろんなお店が商売熱心に宣伝してくれることから、そろそろ、何を贈ってあげようかと考えることで、母の日を思い出す、僕の中の母の日とはこのような存在感。
私を含めたそのような人は、早くに旅行の予定などいれたら、5月の第2日曜日などの決まりは無いに等しいだろう。
ちなみに6月第3日曜日は父の日らしいが、父の日の存在感はもっと、、、
この記事の目次
65歳の一大決心
今年65歳を迎えた私は一大決心をした。
大好きなサッカーを70歳まで続けることを!
前職の後輩が、長崎県で調剤薬局を経営していて、薬剤師仲間でチームを作り、週一でサッカーをたしなんでいる。
ぜひ長崎に遊びに来てくださいという年賀状の社交辞令を真に受けて、去年長崎観光のついでにサッカーにも参加させてもらった。
できるだけ体を動かしたいと、週に2~3回はサッカーボールを使った軽い運動は行ってはいたが、
走れない、ボールをうまくコントロールできない、ころんでしまう、筋肉の衰えは顕著で悔しさだけが残った。
それから1年間、試合中早く走ることをイメージしてトレーニングの中にダッシュを入れた。
夏の35度を超える日も走った、気象庁が外出を控えてくださいと言っても走った、この日のためにダッシュをもう一本!。
そして今年の長崎旅行への思いは観光よりもサッカーがメインになった。
果たしてその結果は・・・
すばらしい相手ディフェンダー3名の壁に、僕の突進はなすすべもなく跳ね返されてしまっていた。
その日、悔しさはさらに大きくなり、そして僕は一大決心をした!
と同時にある思いがふつふつと生まれてきた。

母への感謝
「久子さんありがとう!」
65歳になってもサッカーができて、まだまだうまくなりたいという気力を持っている、こんな人間に産んでくれ育ててくれたことを、心から感謝したい!
中学3年生の夏、サッカーの試合で大けがをして、手術入院と通院に約3か月間かかったことがあった。
受験を控えた大事な時期のこともあり、当時の両親の思いを考えると、いまだに申し訳なく切なくなる。
当時はそんなこと思いもしなかったが、ケガや事故がどれほど心配になるか、この胸が苦しくなる思いは、自分の子供や孫を持ったときはじめてわかるものだ。
1週間の入院、その後も学校が終わると、久子さんが車を運転して病院にむかいリハビリが続いた。
足のくるぶしのケガだけに後遺症も心配されたが、65歳でもサッカーができるくらいの現在である。
今のこの丈夫さを、当時の両親に伝えてあげたい、特に心配していた久子さんに伝えてあげたい。
そして声を大にして感謝したい
「久子さん、こんなに丈夫に産んで育ててくれて、サッカーさせてもらって、本当にありがとう!」
今年の母の日は、遠く西の方から、母に感謝する日となった。
気持ち届いたかな?
