またやってきた。

 

暑いあつ〜い夏がやってきた。

今年もかよ!

 

と思っている多くの日本人の1人として、夏バテ対策をいろいろ考えてみるが、クーラーの効いた部屋でグッスリ眠ることぐらいしか、思い浮かばない。

 

久子さんはというと、全然平気な顔をしている。

 

なぜなら、あおぞらの施設はホテルのように廊下も食堂もお風呂も全て建物の中にあるので、どこにいても快適な温度になっている。

 

さらに認知機能が衰えているから、暑さ寒さの認知度が下がっている体になっている。

 

だからといって喜んではいけない、気をつけないといけないことは、気が付かないうちに脱水症状が進んで、症状が出てからでは手遅れになってしまう危険があることだ。

 

ウソでしょ?!!

 

蒸し暑い6月の日曜日、久子さんを訪ねると、きちんとクーラーが効いた部屋でテレビを見ていた。

 

安心した気持ちでいつもの挨拶を一通り終えると、驚きの言葉が久子さんの口から飛び出した。

 

長い永い久子さんとの親子の歴史の中で、最も驚いた、そして長男としてどのように対応してよいのか全く返答に困る内容だった。

 

「あのね、だいぶ遅れていた生理が始まったの」

 

「???」

 

夢を見ている?ここはどこ?あなたは誰?私は誰?

 

開いた口が塞がらない、頭の中が真っ白、人間万事塞翁が馬?

ぼくの頭の中は、置かれた現状の理解と整理に相当の時間を要し、これまでの介護相談や薬剤師として軽医療に当たってきた経験を思い出して、言葉を探していた。

 

「あっ、えっ、うーん、そ、そーなんだ、それで」

 

「あした先生に診てもらった方がいいかなぁ」

 

「うん、そうだね、そうしようか」

 

余計なことは言えない、言わないようにしてその場を取り繕うことだけを考えていた。

 

しかしだ、もし深刻な病気が隠れていたらどうしよう、という不安が徐々に大きくなり、久子さんの様子を追いかけた。

 

「お腹が痛いの?どこか変な感じがする様なところは無い?気持ち悪いとか、下痢が続いているとか、何かいつもと変わったことは?」

 

ひと通り聞いてみたが、久子さんの返事は、特に何も無いということだった。

 

いくら家族といえど長男が、母親の生理の、その体の具体的な様子まで確認することなんてできない。

 

こんな時思うことは、どうして妹を産んでくれなかったのか、妹がいたら久子さんの介護がどれだけ助かったか。

 

ないものをねだっても、打ち手の小槌があるわけでもなく、仕方がないことなのだが・・・。

 

あれから1週間後、久子さんを訪ねて、様子を見ているが、今のところお腹の調子は悪くない、食欲もあり元気。

 

親も子も歳を重ねるということは、本当にいろんなことが、思いもかけない事が、しかも突然発生するんだなぁ、と改めて実感した、蒸し暑い日曜日だった。

 

施設と一言に言っても、環境は様々、施設に入ったから安心とは言えない。

 

たとえ介護付き有料老人ホームといえども、医師が近くにいるわけではない。

 

認知症の症状が、他の入居者さんの迷惑になるほど酷くなった場合には、転居を勧められるかもしれない。

 

高齢者と一言でくくって考えて施設を考えてしまうと、80歳を超えたあたりから、どんなことが起こるかわからない問題を見誤ってしまうことがある。

充分注意したいのは、糖尿病やガンの治療をしているなど、医師や看護師による定期的な医療処置が必要な方が、認知機能が衰えてきたので施設入居を考えるときだ。

 

もし認知機能の衰えが進んでくると、医療処置にかなり大きな問題が発生する。

 

本人が処置を拒んだり、誤った行動を起こすことが多くなる。

 

そのため、24時間体制に近いかたちで見守りが必要になると、その施設が対応できるかどうかの問題が発生する。

 

今は健康体でも念のため、頻繁に医療処置が必要になった場合のこと、その施設ではどの程度の対応ができて、継続して入居できるのかどうか、入居する前に確認しておきたい。

 

ぼくの久子さんはというと、正直いうと一番心配している問題だ。

 

生理が始まったと言うくらいなら、軽く聞き流せるが、生理痛がひどくて出血がある、と久子さんが言った場合、痛みや出血が事実ならどうするのか。

 

診察や検査、そして治療が必要になったときのことを考えておかなければならない。

 

とにかく今後何が起こるかわからないが、頑張って生きてきた久子さんの人生の終末期、共に歩んでいこう。

 

血のつながった、たった1人の母親だから。

2024.07.09