この記事の目次
おもてなし
久子さんに、美味しいものを食べてもらおう。
「こんなおにぎり、ダメ!」
「ちゃんと握ってないからボロボロご飯粒が落ちて、とっても食べにくいよ」
「これあんたが作ったんでしょ、作り方が下手ねー」
ご飯が好きな久子さんは言いたいことを言いながら、パラパラとこぼれ落ちるおにぎりに悪戦苦闘しながら食べていた。
その日は午後に久子さんのところに向かったのだが、お昼ご飯を食べていなかったので、駅のコンビニに寄って、おにぎりをいくつか買って、久子さんの部屋で食べることにした。
久子さんは2時間ほど前にお昼ご飯を食べているので、お腹はすいていないだろうと思っていた。
でも、シャケや梅、昆布など、昔からよくある種類のおにぎりを選んで買ったので、広げると久子さんは興味を示した。
「美味しそうなおにぎりだね、それは特別なおにぎりでしょ」
興味を持つと必ず出てくるフレーズの、特別な!がでてきたので、ぼくは久子さんにおにぎりをすすめた。
何も言わずに久子さんはシャケのおにぎりを手に取った。
それは並んでいたおにぎりの中でも値段の高い種類で、高級食材を使ってそうなパッケージデザインだった。
ぼくが今日一番食べたいと思って買った、熟成シャケの文字が大きく書かれたおにぎりだ。
しまった!と思うと同時に、ぼくの胃が動き出し、ぐーっとなった。
でも久子さんに美味しいものをたべてもらおう!
「たぶんこれ美味しいと思うよ、食べて食べて」
袋を破って久子さんにおにぎりを渡した。
ひとくち目は大丈夫だったが、ふたくち目を口に入れた途端、ご飯粒の小さなかたまりが、久子さんのひざの上に落ちた。
「もっとちゃんと握らないと、食べにくいでしょ、あんたおにぎりの作り方も知らないの?」
コンビニのおにぎりだよ!とは言わなかった。
久子さんの感じ方に、なるほど!と思ったからだ。
言われてみると、値段が高いおにぎりは食べると、ボロボロと落ちてくるくらい、ふわっと作ってある。味は美味しいが食べにくい。
久子さんのこだわり
美味しいおにぎりの作り方は、強く握らず中に空気が入っているような感じに優しく握る、と何度かテレビで見た覚えがある。でも本当にそうなのだろうか?
何度も握って作った硬めのおにぎりでも美味いものは美味い!
ぼくが小さい頃は大家族だったので、朝のご飯は大きな釜で一升炊きされていた。
遠足のときなど、その炊き立てのご飯で、久子さんが梅干しおにぎりを作ってもたせてくれたので、お昼に食べたそのおにぎりの味は忘れられない。
だから、久子さんがこんなおにぎりの作り方はダメ!と言うのも、ぼくには理解ができる。
食べているとき、パラパラ落ちてくるより、しっかり握ってあって食べやすい美味しいおにぎりがいい。それからはコンビニで高級なおにぎりを買った時は、食べる前に袋に入ったまま、何度か手で握ってから食べることにした。
やはり久子さんはただ者ではない!
2023.11.13