最近の久子さん

「あらぁ、よかったですねー、息子さんが来ましたよ!本当によかったですね。」

 

その日は土曜日の夕方、デイサービスが終わった頃に合わせて、久子さんを訪ねた。

 

「どうしたらいいの?あんたちょうどいいとこに来たわ、よかった、ねぇちょっと教えてよ。」

 

何やら不穏な雰囲気をいっぱいにした表情と目をした久子さんが、日頃大事にしているバッグをしっかり腕に通して立っていた。

 

「どうしたのかなあ、久子さんの顔見たくて来たんだよ。」

夕方になると認知症を患っている高齢者は不穏になることが多い。

 

久子さんもまさにそのような症状をしていた。

 

「どうしたの?」

 

「うー、うー、あのーあのー、あれどうした?大丈夫なのかな?まだしなくていいの?」

 

「何のこと言っているの?よくわからないけど、たぶん大丈夫だと思うよ、だから一緒にお部屋へ行こうよ」

 

「あれよ、あれ、ほら、ほら、あの、検査よ」

 

そういえば最近、久子さんは何度も体の検査のことを心配するようになった。

 

「今日は検査の日ではないので、何もしなくていいよ。お部屋に一緒に行こうか。」

 

「でも検査しないとだめだから、まだ部屋には行かない!」

 

あおぞらの玄関に入った瞬間、ぼくの顔を見たスタッフが、とても喜んだ表情をしていた意味がわかった。たぶんずーっと長い時間、うろうろしている久子さんの相手をしてくれていたのだろう。

本当にありがとうございます。

 

「検査する日がきちんと決まっているはずだから、特別な検査だから忘れると大変よ、どうしたらいいの?」

 

簡単には言うことを聞いてくれそうにない。幼児と違って、プライドが高く納得しない大人を動かすハードルは山より高い。

 

「わかったよ、じゃあ検査会場まで連れて行くから、ぼくに着いてきてね。」

 

エレベーターに乗せて、いつもと違う方向から、久子さんの部屋に向かった。

 

「はい着きましたよ!」

 

「自分の部屋で待っていると、順番で呼びに来てくれるみたいよ」

 

無言のまま久子さんはベッドに腰掛けた。

 

久子さんがんばれ!!

 

その時だった、ドアをノックする人がいた。

 

「久子さんお食事の準備ができましたよ」

 

助かった!ラッキー!よかった。

 

「食べたら、検査できないじゃない!ダメ!あとで食べるから」

 

健康診断の経験で、検査の前に食事をしてはいけないことが、しっかり頭に焼き付いている。

 

必要なことは覚えてくれないが、そうでないことは焼きついている。

 

仕方なく、嘘も方便、ご飯を食べてから調べる、そのような特別な検査なんだと、言い聞かせてそのばをしのいだ。

 

ぼくたちには想像できない色んなことを、久子さんは毎日心配しながら生きているのだろう。ふびんでならないが、寄り添いながら見守るしかない。

 

久子さんがんばれ!

2023.10.26