どうしたんだろう?

 

最近の久子さんは元気がない。

 

言葉数が少ないだけでなく、お菓子もあまり食べようとしない。

 

あの大好きな、どら焼きでさえも食べようとしないのだ。87歳の誕生日の前々日に、家内が買ってくれたプレゼントを用意して訪ねたのだが、あまり感情を出して喜んではくれなかった。

 

あんなに元気で100歳も射程圏内と感じていただけに、ぼくの心は急な変化に対応できず、何をどのように元気づけてあげるとよいのかわからず、おろおろしている。30分ほどテレビをつけて話題を探ったが、久子さんはうつろな目をしているだけで、たまに、あんたいくつになった?をぼそっと言うだけだった。

ぼくはいつもと違い、それは丁寧に丁寧に歳の話や現在の近況を報告したが、そうかそうかと久子さんは頷いてはいるだけで、いつものように繰り返そうとはしなかった。悲しい気持ちに襲われたくなかったので、ぼくは頭の中を楽しい思いでに切り替えて、最近の出来事をいろいろ思い出してみた。

 

そして孫の動画を見せて、久子さんを笑顔にすることに成功した。

 

ぼくがとても元気な体でいられるのは、久子さんが丈夫な体に生んでくれたからだよ、

 

と感謝すると、久子さんは

 

『こんなちっちゃなおっ母からよく元気にうまれてくれたものだ』

 

といって笑ってくれた。

 

!!急に思い出した。そうだ!前回のぼくの久子さんで約束したこと・・

 

もう少しだけ

ぼくは多くの終末期の高齢者とご縁をいただき、お話をさせていただいた方々とは、手を握って会話をしたり、寝たきりの方々には足をさすりながらお話をしたり、とても幸せな時間を過ごしながら介護のことを学ぶことができた。

 

父を自宅で看取ったときも、何度も手を握り、足をさすり、父に大変喜んでもらった。

しかし、久子さんにはまだできていない!

 

『からだがだるいようなら少しベッドに横になってやすんでみたら?』

 

『いまのところ体は特別だるくないけど、横になってみようか』

 

『足少しさすってあげようか』

 

返事はなかったが、足首や足の裏、ふくらはぎのところを優しくさすってみた。

 

久子さんは目をつむったまま、眉間にしわを寄せて静かに身を任せていた。

『どうですか?』

 

『うん、とても楽で気持ちいいよ』

 

『それはよかったね』

 

こんな時間が20分ほど過ぎたところで

 

『もう大丈夫、疲れたろう、ありがとう、ありがとう』

 

久子さんが喜んでくれた。

 

静かに横になっているので眠っているのかなと思い、そろそろ帰ろうかなと体を動かした矢先だった。

 

『もう少しだけいてくれる?』

 

初めてだった。

 

久子さんがあおぞらに来てからこれまで、この言葉を聞いたことがなかった。

 

『わかったよ』

小さな体を横たえる母の姿に胸が苦しくなった。

2023.10.04