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ケアマネさんから報告
「相談したいことがあるので時間をください」とケアマネさんの優しい声で電話があった。
とても丁寧で、そして優しい声が、よくない話だということをより強調しているように、ぼくには聞こえていた。
後日、あおぞらを訪れると、ケアマネさんだけでなく施設長や訪問介護のスタッフもそろって話の場に入っていた。
「実は、お母様ですが、少し認知症の症状が進んでいるのか拒否反応が多く見られるようになってきたので、ご相談させていただきたく、ご連絡いたしました。」
どうやら、お風呂に入りたがらない症状がまたエスカレートしているようだ。
お風呂に誘おうとしてドアを開けた瞬間に、敏感に察知して、
「お風呂なら入らないからね!」
と先にくぎをさされてしまうとのこと。認知症とは恐ろしい病気だ。
認知機能は衰えても、嫌な事を察知するアンテナの感度は衰えていない。
久子さんのお風呂嫌い
前にも書いたが、昔から久子さんは鋭い感性を持った人だった。
子供の悪知恵なんかすぐに見破れてしまい、一生忘れない深い傷をぼくはこころの中にいくつか持っている。
もちろんそれらは僕の人生を豊かなものにしてくれた傷であることは、62話を読んでいただくとわかっていただけるだろう。その鋭い感性は認知症になっても衰えていないようだ。いや、久子さんは衰えるどころかどうやら鋭く磨きかけているようだ。
久子さんの鋭いアンテナと、鉄のように固い頑固さを考えると、ヘルパーさんに無理を言う事はできないなぁと、すでに納得して対応方法を決めている自分の姿があった。
これまでも、ぼくの久子さんとのドタバタ介護だけでなく、仕事上でいろんなケアマネさんと話す機会があったが、やはりお風呂の事はよく出てくる話題だ。
なぜだかわからないが、原因は人それぞれだろうが、認知症を患っている高齢者は、お風呂に入ることを嫌がる人が多いのだ。
多くのケアマネさんの意見から、ぼくなりに考えた対応は、お風呂に入らないことで健康を損なう人はあまりいないが、無理に入らせようとして起きるトラブルの方が深刻だろう。
だから今の久子さんには無理はさせない、お風呂に入らないことで久子さんが何かを感じて、自分から入りたいと思うようになることを期待する。
でも話し合いの中で一つ気になることがあった。
デイサービスのお風呂は、久子さんにとって、たくさんの人がいる中で順番に入れられることがをとても嫌がり、これまで一度も入ったことがないのだ。
しかし、記録によると5月に一度だけデイサービスで入浴していることがわかった。
「あれ、久子さんデイサービスで入浴しているんですね、よほど何かいい事があったのですか」
「菖蒲湯です」
あっ、そうだ!子供の頃だが、毎年5月の初めにしょうぶの大きな束がお風呂の中に浮かんでいて、くるくる回したり、足で湯船の底に押し込んだり、意味もわからずしょうぶの束で遊んだ思い出がある。
子供の健康を願って、久子さんが子供の節句に菖蒲湯を作ってくれたのだ。
そのことを思いだしてくれたのだろう、久子さんは嫌いなデイサービスでのお風呂にも入ってくれてたんだ。
子供のことを思う久子さんの気持ちを、久しぶりに感じた瞬間だった。
あおぞらに向かうまでは憂鬱だったけど、帰りは子供の頃の久子さんのことを思い感傷に浸りながらも、菖蒲湯以外にお風呂に興味を持たせるよい案はないものかと考えていた、、、
久子さんの目の色が変わるものは….
あっそうだ!
2023.06.15