信じていいの??

ピンポーン、ピーンポーン、ピンポーン
あれっ、鍵がかかっていて久子さんがなかなか出てこない。

部屋にいるはずなのに、なんで?

 

しばらくして中から物音が聞こえたので、待っているとドアが開いた。

「こんにちはー、どうしたのかなぁ」

 

久子さんはぼくのことを見ながら、少し間が空いてやっと声を出した。

「あのね、あのね、変な男の人がいてね、ご飯食べているそばで、なんか変なこと言うの、もう生きているの嫌になったからいつ死んでもいいわ」

「えーそうなの?怖かったの?」

「そう怖いからね、だからね食堂には行かないことにしたのよ」

「あんたの顔見て安心した。さぁ入って入って、何にも無いけど、何年ぶりかしら」

 

ぼくの心は、認知症の辛い側面の中の、真実が読めない辛さを感じていた。本当のことなら何か対策を打ちたい。
でも妄想や幻覚があるため、どこまで信じて対応するべきかわからない。そんな事を考え、母の人生を悲しみながら、かけてあげる言葉を探していた。

「あんたいくつになったの?みんな元気か?奥さん元気か?」

 

とりあえず、いつもの久子さんに戻ったので、買ってきたお菓子を広げた。

「まぁ美味しそうなお菓子がこんなにいっぱい!嬉しい!食べていいの?」

「久子さんのために買ってきたから、ゆっくり食べて」

 

嬉しいな

「あんたが来てくれて本当にうれしい」

いつもの久子さんに戻ってきたので聞いてみた。

「ここに住んでいて、どう?何か怖いこととか、嫌なこととか、寂しいことはない?」

「なんにもないよ、食事があっているから、見て見て、こんなに手の爪がきれいなの、いいでしょ!」

「そうだね、本当にいい色しているね。」

本当に信じていいのだろうか。
本人が3分ほど前に言っていた、怖い話が全く嘘のように、幸せそうな表情に変わってしまった。
認知症の症状にうまく対応するためには、本人がすぐに忘れてしまうことを利用して、うまく合わせてその場をしのぐ方法をとるが、本人の主張が真実なら、と考えると背筋に寒いものを感じる。
久子さんがお菓子を食べると、機嫌もよくなり、おしゃべりもいつものテンションになってきた。

「あんたも元気そうだね、姿勢もいいし、太っても無いしちょうどいい体格だね」

「久子さんが丈夫に産んでくれたからだよ」

「ワッハッハーワッハッハー」

久子さんは、5分前とは全く違う笑顔と大きな声で笑い始めた。
よかったいつもより元気になった。

「何年も石川県に行っていないから、今年お墓参りに行きたいなぁ」

いつもなら、「何回も計画したけど、久子さんは当日になって、行かんわ!と言ってドタキャンしてたでしょ!」と言うところだ、今日のぼくの心は違った。

「うん、わかったよ。今年行こうか」

「嬉しいな、嬉しいな」

久子さんの本当に嬉しそうな笑顔が、ぼくの不安な気持ちを吹き飛ばしてくれた。
去年のドタキャンのことは忘れて、もう一度、久子さんの石川県の旅を計画しよう!

2023.04.25