ぼくの仕事が忙しくて、久子さんのところに行く回数が減ってしまい3ヶ月ほどたった。

 

以前は週に一回は必ず会いにいってたので、「会いに来てやってるんだ」の気持ちがどこかにあって、久子さんが少しでも変なこと言い出すとケンカになることが多かった。

 

ところが、なかなか行く時間を見つけることが困難になると、久子さんを思う気持ちに変化が起きている。

 

どうしてるかな?寂しくしていないか?

 

食べることやお金の心配していないかな?

 

夜中起きて、不安の中眠れない夜を過ごしていないか?

考えれば考えるほど、ぼくの胸はぎゅーっと詰まってくる。久子さんを愛おしく思う気持ちが、ぼくの心を支配している。明らかにどーんと支配している。子供の頃、久子さんの仕事が忙しくて、なかなか会えなかった頃の寂しさと重なるようになってきた。

 

苦労してぼくを育ててくれた久子さんの終末期、これでいいのか?と問われると返す言葉が見つからない。介護のことで、人から相談された時、ご自身の幸せを考えた方がいいですよ、お母様は施設に入れば、専門の人たちがきちんとみてくれて、家族の関係も良くなりますよ。って言っていたけど、本当にそれでいいのか?少し自信がなくなってきた。

 

自分の親のことを十分に見てあげられないのに、介護無料相談なんて、そんなことやっていいのか?

 

自分に自信がないまま、久子さんを訪ねた。

「まぁ珍しい人がきたこと!さぁ入って入って」

 

「来るなら言ってくれたら、カニとブリとお肉を用意してたのに!」

 

「あんた久しぶりに見るけど、いくつになったの、みんな元気にしてるか?」

 

「みてみて、こんなに爪がきれいでしょ、食べ物が美味しいからとても元気よ」

 

あー、よかった。ちょー元気だ。

 

会って話を聞くことで、ぼくはこんなに幸せを感じることができる。

 

久子さんありがとう。

 

「ところでね、大変なのよ、ここ何日もご飯食べてないけど、どうしたらいいの?」

 

「どうして私だけ食べさせてもらえないの?」

 

「いったいどうなってるの!」

 

「大丈夫、食べてるよ」

 

「さっき食事が美味しいって言ったよ」

 

「そんなこと言ってない、たべてない!」

 

「もし食べてなかったら、ふらふらになるでしょ」

 

「見て見て、こんなにふらふらしてるよ」

 

「もうだめ、死にそう」

 

「あんた。なんとかしなさいよ」

 

うー、まいったなぁ・・。このままだとケンカしてしまいそう。

 

「何黙ってるの?」

 

だめだ、一旦出直そう。

 

「久子さん、じゃあこれから施設の偉い人と食事のことで話してくるね」

 

「ちゃんと言ってよ!食べさせてもらえないって」

 

「かしこまりました」

 

昨日までの久子さんへの切なくも母を思う息子の胸の痛みはあっという間に消え去っていったのであった・・・。

2023.04.24