久子さんは野球好き??

ある日のこと、久子さんの部屋を訪問すると、テレビがついていたので、少し安心した。

 

施設に住む高齢者の楽しみは食事だが、その他はほとんど無いと言ってもいいかもしれない。

もちろん、施設独自のイベントがあり、それなりに楽しい時間は過ごせるが、施設のスタッフも限られた人数で、安全管理を中心に仕事をしているため、毎日何かイベントをと言っても無理だろう。

そんな中、小さな部屋で過ごすのだから、テレビという娯楽を楽しんでくれたらと思うのである。
久子さんの部屋のテレビからは野球中継が流れていた。


「あれ、野球を見てるんだ?野球みてわかるの?」


「…。」

 

返事はなかった。

 

でも、外野の選手が走りながらナイスキャッチしたとき、久子さんがうなった。


「うまいもんだね、下からすくいあげるように取ったよ、この人。」


「なかなかできるもんでは無いよ」

 

ちょっとした解説者である。


「そんなことわかるんだ、久子さん野球ファンだっけ?」


「ファンじゃないけど、走り方みてたら誰だってわかるでしょ」

 

そういえば、亡くなった父は、小学生の頃、将来自分のお嫁さんになるであろう2つ下の女の子の走りぶりに対して言っていたっけ。


「小さな女の子が短い足をクルクル回して、ちょこまかちょこまか走ってたのが面白くてさ〜印象的なんだよ」

 

父がお酒を飲みながら、久子さんの幼少期の姿を肴に笑っている姿が懐かしい。

もしかしたら、久子さんの目はファインプレーした野球選手の走る姿の本当の素質を見抜いているのかもしれない。昔の話だが、久子さんに叱られたことは何度かあるが、バレないように影でごまかしたことでも、必ずバレていた。

 

これらの話はまたの機会に話そうと思うが、本当に久子さんは人をよく観察している。

 

たぶん父も大変だっただろう。

 

久子さんが認知症になってから、たびたび父が女性に貢いでいた話をしていたが、ぼくは父を信じている。

 

だが、久子さんの心眼の凄さを考えると、少し不安になってきた。

2023.04.20