2022年8月12日、ついにこの日がやってきた!
1936年生まれの、久子さんの86年ほどの長い人生には、多くの思い出やイベントがあっただろう。
京都出身で当時ではめずらしい大学出の、しかも久子さんが一目ぼれしたイケメンとの結婚、出産、そして息子の入学、成人、そして結婚に孫の誕生etc…。久子さんの生涯を想像するに、大変困難で苦労したであろう中でも、大きな幸せがいっぱい詰まった人生と言えるのではないだろうか。
そんな久子さんの人生の中でも、今日からの3日間は、5本の指に入るイベントとなることだ。
おそらく帰ってきた翌日には忘れているだろうと思われるが、それでも天国に行った時、「あの時、息子たちが私のために本当に良くしてくれた」と神様と亡くなった父に報告してくれたら、ぼくたち兄弟はそれだけで満足だ。
ぼくは電車であおぞらに向かい、弟は車で朝9時までにあおぞらへ到着することになっている。
道路は混んでいるようで、ぼくが先に着いた。
事前に、ヘルパーさんにお願いして、3日間の旅行に持っていく久子さんの着替えや下着をバッグに入れてもらっていた。
おや?久子さんがなかなか出てこない。
不安に思い、ぼくはドアを開けた。
久子さんは、しょぼしょぼの目をこすりながら、ベッドから立ち上がったが、何となく元気がなさそう。
『やっとのことで歩いとるわ』
『もういつ死んでもいいわ』
『痛い、痛い、痛い』
ぼくが久子さんの部屋を訪問した時に見せてくる、久子さんの表情だ、そしてお決まりの表現パターン、その中でも特に最悪のパターンを見せている・・・。
『どうしたの?どこか具合悪い?』
『痛い、痛い、痛い』
久子さんは、おそらく朝食のあと眠っていたのだろう、熟睡中にぼくが突然訪問したので、体を起こそうとするが、体中がぎしぎしと痛みを伴っているようだ。
『ぜんぜん歩けんわ』
まずいなぁと思いながら聞いていた。
『久子さん、今日は何の日かわかる?』
『今日?えーっと・・・何の日かしらぁ?あんた何しに来たん?あんたいくつになったの?』
ぼくは過去のことを思い出し、大きな不安に襲われた。
久子さんも一人の女性
でも今回だけは、これが最後かもしれない、そう考えると、なんとしてでも久子さんを説得しなければならない。
その覚悟で、当日キャンセルができない高いホテルを予約している。
『ねー久子さん!このカレンダー見てくれる?ここに書いてあるでしょ?』
『えーっと、8月12日、石川県にお墓参り、って書いてあるけど、今日は何日だっけ、それじゃあその日までにちゃんと準備しておかんといかんね。』
『今日は何月何日?それまでにどんな準備すればいいの?』
久子さんは、今日が出発当日であることがわからず、準備の心配をし始めた。
『今日が8月12日だよ、だからぼくがいま久子さんを迎えにきたんだよ。』
『もうすぐ和弘(弟)も車で迎えに来てくれるよ!』
『・・・・。』
『これから車に乗って、石川県に行って、お墓も参りするんだよ。』
『その後は温泉に入って、美味しい物を食べにも行くよ!早く準備してね』
『そんなこと突然に言われても準備なんかできんわ!!』
『着替えや着ていく服は、ヘルパーさんにお願いしてちゃんと準備できているから、久子さんは車に乗るだけで大丈夫だよ』
『そんなわけにはいかないわよ、お化粧だってしないとダメ、髪の毛もちゃんと美容院で整えてもらわんとダメ!!』
やはり自分で自分のことをいくら「クソバンバ」と言ってても、久子さんも女性である。
旅行となればそれなりの準備ができなければ嫌なようだ。
みんなからきれいに見られるような工夫が必要だったのか、と反省したが、このまま諦めるわけにはいかない!
なんとか「クソバンバ」ではなく、せめてかわいい「チビバンバ」に変えて、旅行気分にもっていかねば・・・。
2023.02.01