アイディアマン家系?

 

最近の久子さんは元気はつらつ、目も耳も口も絶好チョー!

 

目なんか、ぼくより良く見えているのではないだろうか、たぶん、いや絶対に見えている。

 

なんと!!ベッドに座ったままで、壁に貼ってある、デイサービスのスタッフが作ってくれた写真付きの報告書の文字をすらすら読んでいるのだ。

 

そして壁にある写真を見ながら、楽しそうにいろんな昔のことを話している。

 

だが、気になることがひとーつ!!

 

自分の旦那さんのことを話していない。

 

こちらから聞いても、あの人は結核で早くに亡くなった、としか言わない。

 

『ガンでなくなったでしょ、81歳だったから男性の平均年齢は越えてたよ』

 

『そうだったの?』

 

なんと、つれない態度、無関心、冷たい態度、かわいそー!

 

と言いたいところだが、父と母の50年以上一緒に暮らした人生、厳しい暮らしの中で様々なことがあっただろう、いくら長男といえども否定も批判もするわけにはいかない…。

 

そんな久子さんに変わって少し父のことを話してみたい。

 

まずぼくの祖父の事だが、父が23歳のときにがんで亡くなったので、父は大学卒業後勤めていた会社を1年そこそこで辞めて、実家にもどり祖父が行っていた仕事をついだ。

 

祖父はアイデアマンだったようだ。

 

石川県は織物が盛んな土地、近隣には絹糸を加工したり織物を作ったりする家が多く、そこから出てくる捨てるしかない絹織物の切れ端をもらってきて、うまく加工し、なんと日本人形の髪の毛に作り変えていたのだ。

石川県で作ったものを、群馬県や埼玉県の日本人形を作る会社に売っていた。

 

祖父がなくなったあと、薬剤師の父はその事業を継いで大きくした。だから家の中には、染料と人形の髪の毛になる前の絹織物の切れ端がいっぱいあった。

 

ぼくはそれら絹織物のにおいと肌触りが大好きで、よく自分の顔をその中に埋めて遊んだ。

 

においは表現できないが、品のある香しい心が癒される香りがした。

 

小学校に入るころには、日本人形やひな人形を作っている会社から安く仕入れて販売もしていたので、季節になると家の中には、豪華なひな段は7~8段はあっただろうか、その大きなものが10個ほどならんでいたのだ。

 

そんな家業を継いだ父の手は黒い染料で爪のわきがいつも黒かった。

 

祖父がなくなったあとの父には、残された弟妹が5人、まだ4人は学生だ。

 

忙しかった父

大学卒業後、父は東京に出て薬剤師として就職したが、そんな事情で石川県に戻り家を継ぐしかなかったのだろう。そして、家を切り盛りするためにも早く結婚をしたかったのかもしれない、その2年後には久子さんと結婚している。

 

久子さんは大変な大家族のところの長男と結婚したのだ。

 

そして、人形の髪の毛だけでは生活が成り立たないので、結婚と同時に薬屋も開いた。

 

久子さんも収入を得るため、家から200mほど離れた建物を借りて、編み物教室を始めた

 

薬剤師の父は絹糸の染め物や販売に忙しいので、店番はもっぱら祖母の仕事になった。薬屋といっても市販薬以外の日用雑貨や文具やお茶、お菓子が売上の半分以上を占めていた。

 

ぼくと弟は、小学校に入ったころから、町内のお得意さんのところに配達や、請求書を配ることと、そして集金まで手伝わされた。

 

とにかく、家族総出の多角経営だ。

 

小さな子が集金する姿は異様で、町内ではちょっとした良い子で評判だったが、おこづかいはもらったことがない、現代なら超ブラック企業だ。

でも、集金のお金の中から、たまに、見つからないような小さなおもちゃを買っていた。

 

忙しくしていた父だが、町内の寄り合いでよく飲んだくれていたらしい。

 

町の飲み屋の帰り道には病院があるのだが、その病院の横は小さな崖のようになっていた、父は酔ってその小さな崖からすべり落ちることがあった。

 

次の日の朝、病院の看護師さんが、おたくの薬剤師さん病院の横で寝ていますよ、といって知らせてくれたらしい。

 

ぼくは小学生のころ、この話を、久子さんが自慢するようによく聞かされた。

 

人当たりが良く、世話好きで、薬剤師の父は、いろんなところから声がかかり、仕事以外で町内や薬剤師会など、多くの雑務にも貢献していたようだ。

 

家事に忙しい久子さんは、何かしら心の中では父に対して不満があったのかもしれない。

 

久子さんはおしゃべりで、敵をつくることもあるが、子供の前では、決して愚痴や大変さを嫌味のように言うことはなかった。

 

それは子供に見せていないだけかもしれないが。

 

何はともあれ、久子さんが嫁いだところは、現代のお嫁さんには想像もつかない環境だったことは事実だ。

 

そんな家庭に大事件がおこった。

2022.12.09