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久子さんの脳はてても優秀
デイサービスで行われる漢字ドリル、久子さんはいつも満点に近く、しかも解答時間が早いらしい。
現代人はパソコンやスマホに慣れているため、健康な大人でも、文章を書くことが少ないから、簡単な漢字も忘れることが多いのではないだろうか。
久子さんは携帯電話のメールも打っていないようなので、漢字を忘れていくのではないかと思うのだが、デイサービスのドリルを見ると、きれいな字で本当に素晴らしい解答をしている。
『久子さんすごいね、漢字ドリル優秀だね。』
『何言ってんのよ、こんなの簡単よ、間違えないわよ』
どうやらスタッフからも褒められているようで、甲高い声で話しながら、嬉しそうなドヤ顔をしている。
『ぼくはこの漢字、間違えそうだな、すぐには思い出せないよ』
『あんたもボケないように漢字ドリルでもやったら』
『・・・・。』
あんたには言われたくないよ、と言いたかったが、漢字は久子さんに勝てないかもしれないと思ったから、悔しいが何も言葉で出てこない。
久子さんを見ていると、本当に不思議だ、久子さんの頭の中がわからない。健康な大人の脳より優れているところがある、これは事実だ。
それなのに、自分の歳が80代なのはわかっていても、ひとけた台が覚えられない。わからない日とわかる日があるのなら、まだ理解できるが、何度聞いて教えても、80を過ぎてからこれまで一度も自分の歳を当てたことがないのだ。
暗算はできるということは、一時的にも数字が頭の中に記憶されるということだと思うのだが、不思議だ。
小学生中学生のころは戦中戦後の厳しい時代、その時に覚えたことは、脳がどんな状態に衰えても、忘れないものになったのだろう。まあ自分の歳を言えなくても、今の久子さんが困ることはない、笑い話程度にしておこう。
久子さんの小さい頃は、ちょこまかちょこまか、していた小さな女の子で、旅館のお手伝いもさせられていたから、ほかの子と比べてもたくさんのことを吸収して、賢い子だったのかもしれない。
今の若い人達ができないような人生経験豊富で、しかも賢い人だったから、プライドが高く、バカにされることを嫌うことは、当然の心理かもしれない。
そんな久子さんに、記憶障害や日時や場所がわからないなどの症状がでて、自分ではそんなはずではない、といった心理状態と、人からバカにされたような言葉が重なれば、とんでもない言動が出てしまうのは当たり前だろう。
認知症対応へのコツ
これが認知症という病気だ、といことを最近になってようやく理解できるようになった。
専門書で、中核症状がどうで周辺症状がこうで、これまで色々自分でも読んで知っていたが、実際に家族が罹患し、対応してみて、たくさんの問題にぶつかり、ようやく肌感覚で理解できるようになったのだ。
それら問題行動ひとつひとつがジグソーパズルのピースのようにはまり、数十個のかたまりになってようやく、認知症の姿が見えたようだ。
そして、悪化させるかさせないかのコツも見えてきた。
久子さん、安心してくれ、かなり長い時間がかかったが、あなたの長男は虐待に発展することなく、あなたの認知症を楽しむことができそうです。
2022.11.30