久子さんが閉じ込められた?!

 

今日は朝から久子さんの様子がおかしい。

 

チャイムをならしてから、少しいつもより間があって、久子さんがドアを開けた。

 

『こんにちはー、元気ですかー?!』

 

あれ?返事が返ってこない、いつもならすぐに反応があるのに、、、どうしたのかな?すると、

 

『怖い人がいて、大きな声で叱られたの、だから朝ご飯も食べられなかったの』

 

『どんな人に叱られたの?』

 

『どんな人か忘れたけど、カギを閉めて部屋から出ないようにしてたの!』

 

何が起ったのかよくわからないが、ヘルパーさんに聞くと、やはり今日は朝ご飯を食べていないらしい。

 

何度誘っても食堂には来なかったようだ。

とりあえず、持ってきた甘いお饅頭を出すと、2つほどパクパクと平らげた。数分前のおびえた様子から、いつもの元気な久子さんに戻っていた。

 

ヘルパーさんも心配してくれているので、継続的に様子を見てもらうことにした。

 

糖分を得た久子さんは、人が変わったようによくしゃべりだした。

 

ちょうど訪問日だったケアマネさんも心配してくれて、久子さんにいろんな質問をして、大きな問題がないか確認してくれた。

 

『久子さん、今朝のごはんは美味しかったですか?』

 

『うん、美味しかったよ!朝昼晩と3食ちゃんと残さず食べるんだから』

 

『出されるとね、もう直ぐに、こっち食べあっち食べしてるの、いやしいわよね』

 

『昭和11年生まれでしょ、チビでしょ、首根っこつかまれて防空壕に放り込まれてね…』

 

完全にいつもの久子さんに戻っている…体に異常はないだろう。

 

久子さんの得意ワザ

 

そして、おきまりの暗算だ、ケアマネさんも笑いながら、安心してくれた。

 

『23たす23は46,35たす35は70』

 

『あれ?なんだろう…』

 

ぼくは久子さんのしぐさを見てあることに気がついた。

 

そういえば久子さんの暗算は、いつも口で言いながら、指も動かしている。

 

『久子さん、なんで指を動かすの?』

 

『子供のころはソロバンがなかったでしょ、だから指で計算するのよ』

 

えっ!なにそれ、どうやって計算するの?

 

ぼくは驚いた、そして何度も何度も聞いた、なぜなら久子さんの指はとても早く動くので、ぼくが理解できないからだ。片方の手の親指が5、残りの指はそれぞれ1、そしてもう片方の手の親指が50、残りの指はそれぞれ10が基本。

 

そして、なんと!!

 

23たす23は?と言った瞬間に両手の指が動き、自動的に46の指に代わっている!!!

嘘ではない、ケアマネさんも見ている、言葉と手の指の動きはほぼ同時なのだ。

 

誰にでもわかる暗算だが、手の指との連動は何度やってもぼくにはできなかった…。久子さんのことで、こんなに驚いたことは、久子さんから生まれて初めての事だった。

 

『何やってんの、こんな簡単なことできないなんて、あんたもボケたんじゃないの』

 

言われてしまった…あんたにだけは言われたくはないことを。

 

ケアマネさんと笑いながら、あらためて母、久子さんのすごさを感じた。

 

60年生きてきたが、久子さんとの波乱で濃厚な数年を過ごしたおかげで、初めて母親のことを知ることができたと、本心から感じている今日この頃である。

 

なんとこれまで、母親のことを気にかけ見てあげていなかったか…。

 

居て当たり前、やってもらって当たり前、だから何も気にかけていなかった。

 

これが長男というものなのだろうか…反省、反省!!

2022.11.01