これは、どういうこと?!
『久子さーん、こんにちはー。お風呂一緒にいきましょう。』
きたー!!今日はお風呂の日だった。
ぼくはまたお風呂の日とは知らずに来ていた。久子さんをよく観察して面白いネタがあれば「ぼくの久子さん」の紙面を飾ることにしよう。
予想通り、久子さんはいろんな言いわけを言っている。
『こんな朝の早いうちに、お風呂なんて入るもんではないのよ、、』
久子さんも遊び人ではないのだから、そうかもしれない。
『なんか今日は背中がぞくぞくしているからお風呂はお休みします。』
久子さんは、1分前まで「どこも悪いとこないわ、元気よ」と言っていた。
すると20代の元気な女性ヘルパーさんが
『久子さーん、またお風呂の中で、楽しいお話、いーっぱい聞かせてくれる』
『久子さんの防空壕のお話がとっても楽しいのよー!』
と、明るい声で久子さんの前で膝まずき視界を下げて、丁寧に話しかけた。ヘルパーさんの話しかけが終わると同時くらいだった、
なんと、久子さんは「ピョンっ!」と立ち上がり、両手をガッツポーズの形にして、右左順番に上げ下げをし始めた。さらに腰も少し揺らしながらはっきりとした声でこう言った。
『がんばって行こうかな!』
ヘルパーさんは飛び上がって喜んだ!
『先日来たときは、何を言ってもダメでしたので、今日はこんなに素直に応えたくれて、本当にうれしいです!』
いったい久子さんに何が起ったのだろう、、、ぼくには想像もつかない。母親のこんな陽気に踊る姿を見たのは生まれて初めてのことだ。久子さんの記録表を見てみると、せいぜい入っても週に2回、、ヘルパーさんたちがかなり苦労している様子がうかがえる。
いずれにせよ、久子さんの中で何か変化が起こっていると思った。
ぼくは久子さんの中で何が起っているのか知りたくなり、入浴が終わるころを見はからって、浴室に行ってみた。
ヘルパーさんが久子さんの髪の毛をドライヤーで乾かしてくれている。
ぼくの顔を見ながら久子さんは、何食わぬ顔をしながらも、しらーっとつぶやいた。
『ちゃんとお風呂入ったわよ』
ん?!待てよ?これは、まさかぼくが来ていたからなのか?
だからわざとあんな風に喜んだふりをしてお風呂にはいったのか?!!
そんなことを考え一瞬ぼくは声を失ったが、もうどうでもよい、お風呂に入ってくれて、髪まで洗わせてくれたのだから。
『よかったねー、さっぱりしたでしょ、あったまった?』
『そうよ、気持ちよくあったまったわよ』
『こんなにきれいにしてもらって、もういつ死んでもいいわ』
ヘルパーさんも最高の笑顔と体を揺らしながら喜びを表現した。
バカにしちゃはいけない!
『久子さん今日はありがとうございました、また今度もぜひお風呂一緒に入りましょうね』
『そうよ、私はあなたとしか入らないわよー!』
久子さんは好きな人をほめることには長けている。
今日の久子さんの入浴を観察して思ったこと。
ちゃんと人を見ているし、わかっている。
認知機能は衰えていることは確かだが、それがすべてだと勘違いしてはいけない。
2022.10.05