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一緒に行こうよ!!
部屋の壁に飾ってある、お墓の前で撮った家族写真を見ながら久子さんがつぶやいた。
『この写真は本当にいい写真だわ、私もちゃんと写っているし、あんたも若いね』
『ここ何年もお墓参りに行っていないから、行きたいな、行こうかな』
『久子さん行きたいの?なら頑張って行く?』
これまでも何度か墓参りの計画はあったが、直前になると久子さんは、必ず同じような言い訳を付けてキャンセルする。
1年半ほど前のことだが、久子さんの実家である石川県にお墓参りに行く計画をし、出発の何日か前に久子さんのマンションを訪ね、準備できてるか聞いてみた。
『え、石川県に墓参り行くことになったの?そんなこと初めて聞いたわ、突然そんなこと言われても準備なんかできないわよ』
『暖かくなったら自分で行くわよ、目の手術をしたばかりなので、今回は行かんわ』
無理に連れていくことはできないので、いつもこのようなやり取りで中止になっていた。
話をしてもすぐ忘れてしまうこともあるが、おそらく、みっともない姿を親戚の人に見られたくないという気持ちが強いのではないだろうか。
そうだ、計画を立てよう。
2年ほど前から久子さんは、外に出たがらなくなり、近くのコンビニに行くのがやっとだった。
幹線道路の歩道橋をわたり、駅の反対側にあるスーパーで買物をすることも、郵便局でお金をおろすことさえできなくなっていた。
これまでの多くの買い物やお金にまつわる大問題は解決したので、それはそれで家族としては安心の方が大きいと感じたが、やはり自分の母親の体の衰えを感じることは悲しいものがあった。
今はもう施設の外に出ることすらできない。徘徊で家に戻れなくなる高齢者が年間1万人以上いることを考えると、その心配がなくなったのでありがたい。
久子さんはお墓の前で撮影した写真の中の自分の姿をじっと見つめている。
『本当に行きたいのなら、旅行の計画をするよ』
『・・・いつまた行けるかわからないから、行こうかな?』
『じゃあ暖かくなったころ行こうか、4月か5月ころどうかな?』
もしかするともう最後になるかもしれないので、生まれ故郷に連れていきたい、足腰が動くうちに、すべてのお墓をまわりたい。新幹線にするか、車にするか、途中のトイレはどうするか、向こうではだれが一緒の部屋で寝るのか、いろんなハードルはあるが、まだ久子さんは自分の足で歩けるのだから、きっとなんとでもなるだろう。
久子さんが行きたい!という気持ちが勝って、墓参りが実現するか。親戚に変な姿を見せたくないというプライドが勝ってまた当日キャンセルになるか。
2022.09.13