新生活がスタート!!

久子さんがボヤ事件をおこしてから、お互いの新しい生活が始まった。一日に二食分程度の食事の用意と、お風呂を沸かす作業がぼくの日課となった。

 

不幸中の幸いに、ぼくは昨年36年務めた会社を退職していた。母親の面倒を見る時間はある。悲しいかな365日24時間もある。

 

定年よりも少し早かったが、運命の糸に導かれるように〈スパッ!〉と会社を辞めていた。

 

お風呂掃除でサプライズ?

久子さんは、自分で言うのもなんだが、ボヤの一件といいその後の生活といい、良い人に恵まれている。そんなことを思いながら、お風呂を洗ってお湯をためた。

 

久子さんに喜んでもらおうと、

 

『さぁ、頑張るぞ!』

 

とはち巻をまいているような気分で、ピカピカににお掃除をした。

 

お風呂ができたので、笑顔でお風呂を勧めた

 

『久子さーん、お風呂できたよー♪』

 

すると久子さん

 

『お風呂なんて入れないわよ。だって風邪ひいているもん!』

 

 

 

『えーーーーっ!!うそでしょ・・・。』

 

思いもかけない返事に、怒りがこみ上げてきた・・・。

 

認知症はお風呂が嫌い??

昨日から長い時間一緒にいるけど、風邪をひいている様子は少しない。

 

そういえば認知症の人は、お風呂に入りたがらないとよく言われている。お風呂を洗っていたときに思ったが、お風呂全体に濡れている感がなかったのだ。少しの汚れが乾燥していたことに違和感を覚えた。

 

もしかして、もしかすると久子さん・・・お風呂に入っていない?

 

いまさら問いただしても防犯カメラがあるわけでもないので真実はわからない。

 

ぼくは、前職で介護事業の経営経験があり、長期間お風呂に入らない高齢者の異臭はどんなものか知っている。久子さんから異臭はしていない。となると、さほど長い期間お風呂に入っていないわけではなさそうだ・・・。

 

確かにマンションの部屋に入った瞬間に高齢者独特の加齢臭は感じた。

 

そのあと、久子さんと何度かやりとりしてかなり険悪なムードになった。今日のところはヤツの要望を聞こう。

 

ぼくは怒りを抑えてお風呂のスイッチを切った。明日追い炊きしよう。

 

「今日は暖かいもの食べて、ゆっくり休んで明日入ろうね。」

 

久子さんは子供のような笑顔を見せた。

 

認知症の母とすごす時間。

ここまで認知症が進んでいて、よく一人暮らしができたものだ。365日24時間自由の身、長男としてどうあるべきか?何度も自問自答した。当然、少なくとも施設に入るまでの間くらいはこのマンションで一緒にくらすべきだ。これまで週に2日ほど通っていたが、

 

繰り返し聞いてくる同じ質問に耐えられる時間は2時間が限度・・・。

 

父がお金を渡してくれなかった話と、父が若い女に貢いでいた話と、父が寝返りも自分でできなくなるくらい弱ってきたとき、父から顔を殴られて青あざを作った話と、ぼくの年齢の話を繰り返す。

 

もちろん父の名誉のために言うと、父についての話はでたらめである。

 

やはり、毎日ここに泊まって一日中一緒にいるのは無理だ。精神的に疲れた体は自分の部屋と自分の布団で癒したい。とりあえずぼくは、

 

久子さんが暖かい部屋で、おなかを減らすことなく衛生的に暮らせるように毎日通うことにした。

 

久子さんの食欲

その日、久子さんは暖かいお味噌汁とスーパーで買ってきたお惣菜をぺろりとたいらげた。ボヤ騒ぎがあっても食欲はある。頭以外は健康体である。今84歳だからあと10年は生きられる。

 

たぶん生きるだろう、いや生きてしまうだろう。

 

寂しかったあの頃。

子供の頃、母親と顔を合わせる時間が少なかった。寂しさと母が恋しい気持ちでいっぱいだった。今のぼくの気持ちは180度近く変わってしまっている。このことを許せないと思う“誰か”がぼくの中に存在している。
長男の複雑な心の中の模様は、簡単に整理することなどできない。 時間が解決してくれるものなのだろうか・・・。

認知症とどう付き合っていくか、母のために考えていこう。

2022.03.09