久子さんのあゆみ
僕は最近、100話を越した「僕の久子さん」を最初から読み始めた。
久子さんは9月26日、めでたく90歳を迎えたので、父の看病をしていたころからスタートしているこの物語は、久子さんの15年間にもおよんでいる。
これは久子さんの成長記録? いや違うな、認知症介護記録? いやそんなカルテみたいなものではない、なんだろう?
体はもちろん衰えていくのだが、最初の頃の、親子のどたばたバトルの時期から始まり、住まいを移しての新たなトラブルを乗り越え、今は、とてもおだやかな関係になっている。
老いては子供にかえると言われるが、最近の久子さんがしゃべっている内容は、言葉を覚えたての3歳児くらいの子供のようだ。
『久子さんのあゆみ』かな。
僕の小学校時代の通知表を、久子さんは何十年も大事にとっておいてくれた。
その表紙には「あゆみ」と書かれていた。
決して、自慢できるような優れた成績ではなかったが、おそらく初めての子供の成長記録を大事にしてくれていたのだろう。
いまは僕が、母親の子供にかえる記録を大事にする番なのかもしれない。
90歳を超えても、認知機能以外は、どこか悪いというわけではない。
「僕の久子さん」の90話を超えたあたりから、かつてのおしゃべりマシンは影をひそめて、テレビを見ながら静かにじっとしている時間が長くなった。
それでも、知っている歌が流れると歌ってくれるんですよ、とヘルパーさんが教えてくれた。
昭和初期の歌を集めたYouTubeから流れてくる曲を聞きながら、久子さんはところどころ、知っている部分を歌っていた。
そして突然、倍賞千恵子と叫んだ。
僕の名前はもう言えないのに。
不思議な高揚感
長雨が続いた秋の晴れ間に、久子さんを訪ねた。
雨が大気の汚れを落とし、景色がきらきらしている、こんなにおいしい風景は何年ぶりだろう、と感じるほどに青空が輝いている。
そして駅の改札を出たとき、空の青さを引き立てるほど、白い雪におおわれた大きな富士山が、思いもよらず目に入ってきた。
ここからはこんなに大きく富士山が見えるんだ。
たまに東京でも富士山を見ることがあるが、埼玉県狭山市から見える富士山の大きさが違っていた。
そうだ今日は久子さんに富士山を見てもらおう。
施設に入って、車いすに久子さんをのせて、3階のベランダから富士山を見せた。
久子さんは、何度もうなずきながら、手をたたき始めた。
歌番組を見ているときと同じように、手をたたくという動作で、喜びを表しているにちがいない。
『富士山見るの久しぶりでしょ?きれいだね』
『富士山見るの初めて、初めて富士山見たわ』
『えー、そうだったんだ、それはよかったねー、うれしいでしょ』
久子さんは、目を細めながら何度もうなずき、手をたたいていた。
航空自衛隊入間基地が近いので、富士山のそばを大きな航空機が何度も通り過ぎた。
『飛行機が飛んでいる、飛行機が飛んでいる、大きな、たくさん』
初めて見たものに興奮する子供のような反応だった。
『自動車も飛んでいる、また飛んでいる、いっぱい』

母親の老いた姿は、これまでは悲しい気持ちでしかなかった。
でも今日はなんだろう、不思議な高揚感に包まれていた。
なんでもいい、とにかく母親が久しぶりに見せてくれたのだ。
喜びとともに見せてくれた幸せそうな表情、そぶりがうれしくて、富士山に感謝の気持ちでいっぱいだった。
ヘルパーさんも来てくれて、顔を近づけながら歌ってくれた。
『あ~たまを雲の上にだぁし、四方のや~まを見下ろ~し~て、、、、』
久子さんの顔がさらにゆるみ、一緒に歌っている。
この日の、久子さんの記録、しっかり「久子さんのあゆみ」に書いておきたい。
