ぼくの誕生日

65歳の誕生日を迎えた。

 

毎年のことだが、スギ花粉の飛散量が最大になるころなので、誕生日どころではない。

 

それでも、スマホに届いた孫からの動画メッセージを見ると、アレルギー症状がMAXのしわしわ笑顔になっているらしい。

いったいどんな顔をして微笑んでいるのか、自分には想像もつかない。

 

今年の花粉症も例年にもまして辛いが、そんなことよりとうとう65歳、日本では高齢者の定義になっている年齢に入った事実に、心がなえてしまっている自分がいる。

 

若い頃と違って、誕生日といってもなんら感じるものはなくなり、還暦を迎えたときも、それほどあらたまって考えることはなかった。

 

しかし、年金や介護保険についてのお知らせなどが次々と届くたびに、日本は有難い国だと感じるとともに、高齢者の仲間入りをしたんだということを、強く実感してしまった。

 

会社を退職してからは、一年の流れる速さが加速しているのではないかと感じていたので、体感時間としての人生の終盤を考えると、心がなえてくるのだ。

 

とにかく今日は久子さんに会いに行こう。

 

産んでくれてありがとう

 

誕生日といえば、母親がお産という大仕事を成し遂げたことに対して、子供が感謝する日だ。

 

自分の誕生日に暗い気持ちを持つくらいなら、母親に感謝して明るい一日にしよう。

 

施設に着いて、久子さんが生活しているフロアーの扉をあけると、大きなテーブルで6人ほどの入居者さんと一緒に、久子さんは静かにお茶を飲んでいた。

 

皆さんに挨拶をするように近寄っていくと、久子さんは無言で手を振ってくれた。

 

久子さんはこの特養に入居して8か月の間に、自分でトイレに行こうとして転倒すること3回を数えているので、車いすで過ごすことが多くなった。

 

スタッフには声をかけて、車いすのストッパーを外して、自分で久子さんをお部屋に誘導した。

 

久子さんのお部屋で、持参したどら焼きを、むせないように小さくちぎって食べさせながら、今日は何の日かわかるか聞いてみた。

 

「日本が負けた日だよ」

 

「えっ、日本が戦争で負けた終戦記念日は8月だから違うよ」

 

「そうじゃなくて、どこか強い国に負けたんだよ」

 

最初は何を言っているのかわからなかったが、久子さんはWBCの野球のことを言っているんだと思いついた。

 

私の誕生日と数日離れていたため、最初はわからなかったが、久子さんの頭にはテレビで見た野球のことが鮮明に焼き付いていたのだろう。

 

「今日はぼくの誕生日だよ、65年前産んでくれてありがとう」

 

「大きな病気がなく、そしてストレスにも負けず働くことができるくらい、立派な体に産んでくれたこと、感謝しているよ」

 

久子さんの反応には言葉はなかったが、笑顔を見せて小さくベロを出してみせた。

 

ここ何年も、自分の誕生日には久子さんに、産んでくれたことに対する感謝の気持ちを伝えてきた。

 

だから、今年は言葉がなかったが、久子さんの気持ちは読むことができる。

 

息子からあらたまって感謝されている照れ感と、嬉しい気持ちが混ざった反応だ。

 

ぼくの名前を呼ぶことはほとんどなくなったので、名前は出てこないだろうが、自分の息子だということはわかっている。

 

あと何回この日の問いかけができるかわからないが、産んでくれたこと、育ててくれたことを感謝する気持ちを大切に、久子さんとの会話を続けていきたいと思う。

 

地球には200近い国があり、約83億人の人が住んでいるが、日本という恵まれた国で、優しい両親から生まれ、幼少期から大学まで躾けや教育、スポーツ活動など十分な教養を身につけられるように育ててもらい、高齢者になっても元気で健康な自分がいる。

 

欧米にはノブレスオブリージュという道徳観がある。

 

高貴な人、地位や権力や富を持っている人は、戦争など有事の際や、社会が大きな困難に直面したとき、自らを犠牲にしてでも社会的責任を果たす義務があるとする考え。

 

15年ほど前になるが僕はこの道徳観を知った時、生まれながらにして不幸な環境にいる人たちと、自分のように恵まれた環境で育った人の違いについて、この不条理をうまく説明し納得できる言葉をようやく見つけたと、心が震えるような感覚をあじわった。

 

65歳の誕生日、あらためてぼくには社会的責任を果たす義務があることをしっかり心に刻んでみたい。

 

同じ1961年3月生まれの高市首相をみならって社会に貢献する活動をしていきたい。

 

これからも久子さんに感謝する気持ちを、きちんと行動におこして、ぼくのライフワークを実りあるものにしていきたい。