コーポレートガバナンスが問われる時代
永守重信氏といえば、一代で世界ナンバー1のモーターメーカーを築き上げた、ものづくり日本を代表する信頼できる経営者だと思っていた。
しかし、最近の報道では永守氏に責任があるとして、会計不正の疑惑が生じている。
経営哲学や人材育成などに関する多くの著書を世に出していることでも有名だが、もし会計不正の指示を永守氏が行ったことが事実だとすれば、永守氏を信じてきた読者に、どのような申し開きをするのだろうか。
上場企業のなかでも常に成長を続ける優良企業という期待から、受けるプレッシャーは想像以上に強いものがあったのかもしれない。
新聞記事を見て、「えっ!永守さんまでも?」と声に出てしまった。
このくらいの事はいいだろうという悪魔のささやきに、永守氏でさえ屈してしまうのだろうか。
コーポレートガバナンスの重要性が叫ばれて久しいが、永守氏のことを思うと、日本の上場企業の経営陣にその本当の重要性を体得している人はどれだけいるのだろうか、と疑問に思ってしまう。

なぜ介護離職は減らないのか
大きな組織となった企業の統治をどのように組み立てるか、どの企業もどこかを真似ているように、ホームページには同じような文言がならんでいるが、言うは易し行うは難しだろう。
さらに現代社会における企業を取り巻く環境をみると、内部から発生する不正や不祥事だけでなく、日本の企業がさらされているリスクは多岐にわたる。
海外からのサイバー攻撃や、関税や為替の変動、そして人口減少による人材不足など、法令順守に力を入れていても防ぎようがない、近年外部要因からくる問題が大きくなっている。
その中でも、筆者が注目したい問題は介護離職についての企業の姿勢だ。
安倍政権時代から政府はこの問題に危機感を持ち、法整備を進めると同時に対策を企業に求めてきたが、いまだに政府、企業、個人どこを見てもおざなり状態のように見える。
2025年4月の法改正では、「40才に到達した従業員への事前情報提供」が義務化され、介護休業制度の周知徹底を強化するよう、政府は介護休業制度の推進を図ろうとしている。
しかし現状は、どの企業も国が決めた制度をきちんと取り入れてはいるが、介護休業制度の利用は伸びていない。
企業存続に大きく影響する問題にもかかわらず、コーポレートガバナンスが全く効いていないと言わざるを得ない状況が続いている。
ではなぜこのような事態になっているのだろうか。

認知症介護という見えにくい問題
国が考えてきた制度設計と、介護問題の本質にずれがあるのではないだろうか。
筆者はこれまでの経験から、介護問題の本質は認知症高齢者をもつ家族の苦しみ、一人暮らしの認知症高齢者の孤立であり、その対策が最大の論点だと考えている。
しかし、政府も厚労省もひとくちに介護問題と位置付けてしまい、論点がぼやけてしまっているため、有効な対策がうてていないように見える。
また認知症介護の悩みは、その特殊性から他人には相談しにくい傾向にあるため、さらに問題が見えにくい特徴がある。
このような背景から、勤続年数が長い50代を中心とした人たちの多くが、家族が認知症を発症してしまったために、介護を優先しなければならず、だれにも相談できずに、会社を辞めざるを得ない状況に追い込まれている。
そして、わかっているだけでも年間10万人もの人が介護を理由に会社を辞めている。

企業が向き合うべき介護離職という課題
したがって企業は、国の指示を待っているだけでは、長く貢献してきた従業員が減り、企業の存続が危ぶまれる事態に追い込まれることを想定して、対策を打つ必要があるだろう。
では企業においては、具体的にはどのような対策が必要となるのか。
少なくとも、企業は国の制度をそのままに使うのではなく、従業員が使いやすいルールを足して、さらに部署単位で相談しやすい体制を築きあげていくことが必要になるだろう。
介護は5年から10年のスパンでその環境は変化していくもの、長いスパンで従業員をフォローしなければ、早い時期に介護離職に追い込まれる可能性が高い。
継続的に従業員をきちんとフォローすることで問題がうきぼりになり、はじめて従業員が使いやすい、そして有効な介護休業制度を見つけることができるだろう。
そして注意してほしいことは、認知症介護に悩む従業員に対しては、専門家の知見を交えて、個別の対応がなければ、介護離職につながる可能性が高いこと。
したがって、介護休業制度を説明する機会を増やすだけでなく、問題の本質である認知症介護についての学びの場を増やし、従業員が一人で悩まず部署長に相談しやすい職場環境をつくることが重要であること。
そして経営トップは、介護離職問題を企業の経営の根幹にかかわる重大な問題であるとの認識を高めて、自らが率先して取り組む姿勢を全社員に示し、定期的に相談件数や介護休業制度の利用度、従業員の声をチェックし、改善の旗振り役になってほしい。
介護と仕事が両立できている従業員がふえてきたとき、会社に対する思いは感謝と信頼につながり、業績に大きく貢献するのではないだろうか。
このような経営者と従業員がいる企業が増えることを切に願っている。
介護離職問題に対する取り組みは費用がかかると考えるのではなく、現代の企業にとっては大きなリターンが見込める投資であると考えるべきだろう。