この記事の目次
介護施設事故をめぐる日経新聞の問題提起
日本経済新聞に、介護施設の中で日常的に起こる死傷事故に関する記事が、二日続けて掲載された。
1月13日の記事は、朝刊一面の4分の1を使った大きな扱いであり、日本経済新聞社として、社を挙げての問題提起だったのだろう。
記事の冒頭では、日本経済新聞社が全国109の主要自治体に実施した調査結果として、自治体の約半数が、介護施設側から提出される事故報告書を十分に分析しておらず、再発防止に向けた体制が不十分であることが分かった、と記されている。
続く二日目の記事では、介護施設で起きた事故をめぐり、家族らが施設側の過失を訴える民事訴訟が後を絶たず、数千万円に上る賠償を命じる判決もある一方で、裁判所の判断が分かれるケースも多く、現場に戸惑いが広がっているとして、社会面で大きく報じられた。
特に13日の一面トップの記事からは、介護施設では死亡事故が多発しており、さらに介護現場だけでなく、監督する自治体も再発防止に消極的である――そのような印象を読者に与えても不思議ではない。
これから施設を探そうと考えている高齢者や、その家族が、これらの記事を読み、過剰な不安から施設入居に二の足を踏むようなことにならなければよいのだが、という懸念を強く抱いた。また、現在介護施設で働く職員や、これから介護の現場を志そうとする若い人たちへの影響も心配だ。
事故報告書よりも問うべき「監査と実地指導」の実態
日本経済新聞社に、ぜひ伝えたいことがある。
介護保険制度の中で運営されている施設に対しては、定期的な監査と実地指導が必ず行われているという事実である。
今回の記事は、「事故報告書が再発防止につながっているか」という視点で書かれているが、残念ながら目の付け所がずれていると言わざるを得ない。
介護保険制度では、定められた運営基準が守られているかを詳しく調べる監査があり、そのうえで、適正な運営や人材教育が行われているかを確認・指導する実地指導が、自治体によって厳格に実施されている。
制度開始からすでに四半世紀が経過しており、これらの監査や指導は一定の実効性を持って機能しているはずだ。
介護保険の保険者である自治体が、介護施設をどのように管理・監督しているのかを知りたいのであれば、事故報告書の活用状況を追うのではなく、自治体が行っている監査と実地指導の実態そのものを調査すべきなのである。
私の経験上はっきり言えば、自治体がどのような理由で事故報告書を提出させているのかは分からないが、少なくとも、そのような報告書が現場の業務改善に直結しているとは言い難い。むしろ、形式的な書類作成が現場の負担を増やしている側面すらある。

介護施設は「医療の場」ではなく「生活の場」である
二日目の記事で扱われた民事訴訟の問題は、極めてデリケートなテーマである。
ひとくちに介護といっても、その実態は多面的であり、一部の事象だけを切り取って論じられるものではない。
まず理解すべきなのは、介護施設は医療機関ではなく、高齢者の「生活の場」であるという点だ。
そこに暮らす人々は、いつ転倒してもおかしくなく、いつ誤嚥してもおかしくない、身体機能や認知機能が衰えた高齢者である。
また、職員が朝部屋を訪れた際、すでに亡くなられていたというケースも決して珍しくない。
こうした背景があるため、死亡が「事故死」にあたるのかどうか、その判断基準は非常に難しく、現場では常に悩みを抱えている。
特別養護老人ホームのように、要介護3以上の高齢者が生活する施設では、スタッフがどれだけ配置されていても、事故を完全に防ぐことは現実的に困難だろう。

不安を煽る報道ではなく、社会を支える視点を
そのような現実の中で、記事にあるように民事訴訟が増えている。
だからこそ記者に求められるのは、死亡事故の件数を並べることではなく、自治体による監査や実地指導が、事故を可能な限り防ぐ運営体制や人材育成につながっているのかを検証する視点ではないだろうか。
さらに、問題が認められた施設に対して、自治体がどのような是正措置や指導を行っているのか、その実態も調査してほしい。
もし、監査や実地指導が適切に機能しているのであれば、万が一死亡事故が起きた場合の過失判断も、それらと整合的に行うことが可能になるはずだ。
介護人材の不足、医療・介護をめぐる財政問題、介護離職問題など、複合的で大きな課題が絡み合っていることを、新聞記者も十分に認識したうえで、メディアはどのように社会に貢献すべきかを考え、記事掲載の判断をしてほしいと強く思う。