担当者会議
人生にも大きく潮目が変わる時期はあるが、その変化の兆しを早めに感じれるかどうかは難しいかもしれない。
入学や就職、結婚、出産、退職などによる環境変化については、日程が事前にわかっていて、十分に準備ができても、高齢者の生活環境の変化は突然やってくることが多く、事前に準備をすすめることは難しい。
久子さんと長男との関係においては、今まさに潮目が変わりつつあり、その真っ只中にふたりが立っているのだろうと、ぼくはようやく自覚し始めたのだった。
久子さんが認知症を発症してから10年以上が経ち、90歳を目前にして、顕著な身体の衰えが表れている。
あおぞらのスタッフが抱えている、久子さんに対する一番の心配事は、いつ転倒しても不思議ではないという危険があり、そのことが原因で、久子さんがさらなる不自由な生活を強いられてしまうということ。
都合よくしか考えていなかった、そんな自分とスタッフの間には、あきらかに感度のズレがあった。
久子さんの今後
担当者会議が始まった。
訪問介護、訪問看護、デイサービス、福祉用具のそれぞれ担当者の皆さん、そしてケアマネさんと施設長、計6人の方々が、忙しい時間を合わせて集まってくれた。
高齢者の介護といっても、ひとくくりにまとめられるものではなく、5年や10年ほどのスパンで、高齢者の身体状況が大きく変化していくため、公的介護保険のサービス内容のプランも変えていく必要があり、必要に応じて担当者を集めて話合い、ケアマネが新しいプランに落とし込んでいく、これが担当者会議の目的だ。
担当者の皆さんの話を聞いていると、久子さんのことを本当に心配してくれている様子がうかがえて、話の内容をよく理解することができた。
本来、要介護5となると、経営上の収入が多くなるため、どの事業所もサービスを入れたがるもの、ぼくの介護事業の経営経験からいうと、久子さんは、顧客としては手放したくない高齢者だ。
しかし、担当者のみなさんは、現在の久子さんの様子から、サービス付き高齢者向け住宅での生活から、特別養護老人ホーム(特養)へ移られた方が、より安全な環境で暮らせるという、一致した意見だった。
正しさに隠れた、ぼくの本音
以前はスタッフが部屋へ入ることに強い拒否反応を示すことが多かったが、最近では、スタッフを探している事が多く、スタッフを見つけると後をついてきて、他の利用者さんの部屋にも一緒に入ろうとすることがあるらしい。
そして、あおぞらに入所して4年間、その中でも長い時間、久子さんの世話をしてくれている訪問介護の女性スタッフの思いが、長男の心を揺さぶり、頭の中の考えを止めた。
『これまでと違って、だれかを探しているような、おそらく寂しいのではないでしょうか、特に夜中とか』
ぼくは久子さんに会うと、まずは
『寂しいと思うことはない?』
と聞くようにしている。
あおぞらという高齢者の住まいは、物件の案内がきた時から、設計や人員配置、予算にいたるまで細かく何度も修正し、熟考を重ね、自ら手掛けてきたこともあり、理想とする高齢者の生活環境がある程度整っていて、認知症の高齢者でも暮らしやすい住まいになっている、と自負していた。
ただし、さびしいから家に帰りたい、という気持ちを持っている人に、少しでも楽しい気持ちに変えてあげたいという視点については、残念ながらサービス付き高齢者向け住宅の弱点だと感じていた。
必要な時に必要なだけのサービスが受けられる、だから、他の施設と比べて自由な生活が楽しめて、費用面ではリーズナブルになるメリットがある。
しかし、そのメリットは、体が弱ってきた人、あるいは認知症の症状が重くなってきた人達にはデメリットになってしまう。
久子さんは、ぼくがいつ聞いても、
『ぜんぜん寂しくなんかない』
とはっきり即答しているが、ぼくは夜中に訪れたことはない。
久子さんはあおぞらの生活で寂しいと感じることはないんだと、ぼくは勝手に決めつけていた。
その方が気持ちは楽だった。
自分の母親のことを犠牲にして、自分が計画した高齢者向けの住まいを良く見せようとしている、ぼくは偽善者になっていた。
女性スタッフの素直な言葉は、ぼくのよこしまな気持ちを簡単に打ち砕いてくれた。
『特養をすぐにでも見学にいきたいと思います』
集まった皆さんの意見が十分にでたところで、ぼくは丁寧に発言した。
同時に、ケアマネさんから、近隣にある特養の資料が手渡された。
特別養護老人ホーム、一般的には特養とよばれている。
ぼくにとっては未知の世界だ。
これからまた、久子さんの新しい住まいを探す旅が始まった。
2025.04.21