最近の久子さん
最近の久子さんは、感情の起伏が少し激しいように感じていた。
認知症でも穏やかな時期に入ってくれたので、できるだけ楽しい関係を築こうと思っていたが、最近は得体のしれぬ何かにおびえる気持ちが増してきた。
安心できる言葉
『便秘気味が続きお腹が張っていて、そのことが原因で怒りっぽくなっているかもしれませんね』
デイサービスの看護師さん、そして週に一度訪問してくれる看護師さんから共通したお話が聞けた。
離れて住んでいる家族としてはとても納得できる、それだけでうれしい。
家族としてはいつも近くで見ているわけではないので、原因がわからない何か悪い状態にはとても大きな不安を抱いてしまう。
医療に携わっている看護師さんたちの献身的な対応には心から救われることが多い。
たとえお元気な高齢者でも徐々に体が弱っていくことで、生活の中に様々な不都合が生じてくる。
それは本人よりも家族の方が大きな不安を抱くのではないだろうか…。
『お腹痛くない?お腹苦しくない?大丈夫?』
『だいじょうぶ!どこも悪くないから!心配しないでちょうだい!』
こちらの心配をよそに久子さんは自分のことを聞かれることを嫌がっている。
[認知症の周辺症状(BPSD)]と呼ばれる異常行動だろうと思うが、汚れた下着などを隠そうとする行動が、よく家族の困りごととしてあげられる。
久子さんはまだそこまでではないが、同じ線上に乗っているという確固たる思いがぼくの中で大きくなっている。
『お腹をさわってみたところ今日は柔らかいので、おそらくお通じもあったのではないかと思われますよ。』
看護師さんの言葉にまた助けられて、一時的にホッとする程度でもこの安心感はうれしかった。
サービス付き高齢者住宅という施設はお元気な高齢者には自由がきいていて、かつ生活相談員や介護職員が常駐しているから高齢者には安心できる所だ。
ただし24時間体制で切れ目なく見守っているところではないため、医療依存度が高くなってくると、サービス付き高齢者向け住宅は、高齢者の健康状態によっては合わなくなるかもしれない。
久子さんに忍び寄る認知症の新たな周辺症状に抗う術はないのだろうか。
冷たい北風と温かいお日様が出ている12月の初旬、狭山市駅から歩いてあおぞらに向かった。
『あらまあ、珍しい人が来たよ、えーっとえーっと、、、』
『息子の名前忘れた?大丈夫?ぼくはだれでしょう』
『そんなことわかっているわよ!ちょっと名前が出てこなかっただけよ』
あなたはどちらさまですか?と言われる日も遠くないかもしれないが、それよりも最近の久子さんの状態が気になっていた。
便秘が続いていることと、下あごの入れ歯をなくしたこと、たまにだが部屋で転んで頭にこぶを作っていること、
ゆっくりとだが確実に何かが忍び寄っている。
『下の入れ歯が無くて、ご飯ちゃんと食べれてる?食べにくくない?』
『入れ歯は無くしてないよ、何言ってんの?ちゃんとしてるから心配しないでちょうだい!』
『どれどれ口の中を見せてくれる?』
『ほら、下の歯ぐきには何も無いじゃない』
『そんなことないわよ、これ入れ歯でしょ』
久子さんは何もついていない自分の歯ぐきを指で触りながら、入れ歯だと言い張っている。
『ダメだこりゃ!』
『新しい入れ歯を作ろうか?』
『そんなものいらない! 歯ぐきに合わないと痛いから嫌だ!』
久子さんは痛いことをされるのを極端に嫌がる傾向にあり、今後必要となるであろう様々な治療の妨げになることは覚悟しておかないといけない。
デイサービスの記録を見ても食事は食べられているようなので様子を見ることにした。
看護師さんそして訪問歯科の先生との連絡ノートが先々週から行方不明だったが、今日は机の上にあった。
いったいノートはどこに行って、どうやって部屋に帰って来たのだろう?
とにかく入れ歯の事を訪問歯科の先生に相談、そして便秘やお腹の具合を情報としてあげてもらえるようノートに書き込んだ。
優しい久子さん
『みなさん忙しいのに、わざわざ私のことを心配して部屋まで来てくれるんだね』
『そうだよ、久子さんが少しでも健康にいてほしいって、みなさんとても優しくしてくれているよ』
『ありがと、ありがと』
ぼくが知っている優しい久子さんが急に現れて、感謝の気持ちを表現している。
やっぱりぼくの母親は優しい人だ!
まだ…大丈夫!
2024.12.24