ある日のこと

 

風邪をひいて2週間以上たっても咳が止まらない。

 

風邪をうつしてはいけないと、久子さんのところに行くか行かないか迷いながら、電車に乗って狭山市に向かうことにした。

 

今日も35度の猛暑で、エアコンのきいた電車から外に出ると体調が悪いのかふらふらする。

 

マスクをしながら、咳だけは抑えながら、久子さんの部屋がある3階につくと、久子さんらしい声が聞こえてきた。

 

「ここの部屋に入っていればいいの?もう時間だよね」

 

夕食の時間まで待てなくて、3階をウロウロしている久子さんがいた。

 

「こんにちはー元気ですか?」

 

声をかけると少し笑顔を見せたが、すぐに怖い顔になり、ブツブツ言い出した。

 

「たくさんの人が来る前に、空いている席につかないと大変なことになるんだから」

 

「大丈夫だよ、まだ時間が早いからゆっくりでいいんだよ」

 

「何を言ってるの、あんたがそんな風だから大変なことになっているんだから」

 

元気そうなので安心したが、今日の久子さんは、

 

機嫌がかなり悪いぞ!

 

と充分すぎるくらいアピールしていた。

 

いろんなやりとりをしたが、結局のところ、早く帰れとの命令口調の指令が出たので、風邪をうつしても悪いので20分で帰ることにした。

今日はついてないなぁと口に出るくらい重い気持ちと、日曜日の夕方の憂鬱感をじっくり味わいながら階段を降りると、施設の玄関に2人のご家族がいた。

 

お二人の様子を見て感じるものがあった。

 

日曜日にあおぞらに入居しているご家族に2人で会いに来る、高齢の親を大事にされているんだろうな、という雰囲気だった。

 

思い切って声をかけてみた。

 

「こんにちは、私の母がここでお世話になっているのですが、実は私、12年前にこの施設を計画して建てた責任者だったんです。

 

「この施設にご家族が入居されているんですか?」

 

「はい、まだ1年ほどですがお世話になっています」

 

「いかがですか、何か不都合はありませんか」

 

「正直、ここに決めたことは正解でした」

 

「それはよかったですね、いろいろ迷われたんですか?」

 

「母は人付き合いが苦手な人なので、大勢の人が入居しているところはどうかなぁと、最初は心配でした。」

 

「でも多くの人が住んでいるということは、その中に母と気が合う人がいるということがわかったんです。」

 

「それと施設の人が皆さんとても良くしてくれて」

 

「よかったですね、もし何か不都合な事があれば、なんなりと施設のスタッフに相談してくださいね」

短い時間の会話だったが、とても満足していることが感じられた。

 

施設を見学するときのポイントとして、入居している人数と雰囲気は確認しておきたい。

 

入居者数が多いということはスタッフも多くなり、当然施設全体がにぎやかになる。

 

シーンとした施設では、皆さん部屋に閉じ籠り気味になり、活気のない雰囲気になってしまう。

 

日中は出来る限り、部屋の外に出て人と触れ合い、スタッフの目の届くところにいた方が、健康的な生活ができるだろう。

 

久子さんはお腹が空くと我慢できずに、部屋の外をウロウロしてスタッフを捕まえては、食事のことを根掘り葉掘り聞いている。

 

健康的だが、スタッフは同じことを何度も聞かれて困っているだろう。

 

でもあおぞらのスタッフはきちんと対応してくれる。

 

高齢者にとっての一番の願いは、住み慣れた自分の家で暮らし続けることだろう。

 

でもよく考えてみてほしい、自分の健康と安全、そして家族の負担を考えると、今の時代、サービス付き高齢者住宅の選択肢は、入ってみてわかることだが、決して悪くない。

 

久子さんは最初とても反対していたが、今ではすっかりあおぞらの住人だ。

2024.08.12