またきた・・

石川県の珠洲市はこの数年、いやもっと長いだろうか、ほぼ同じ場所で地震が多発している。

 

そして今回は震度6強という大きな地震が発生した。

 

とにかく高齢者が多い地区で、施設ではなく自宅で住んでいる高齢者が多いと思われる。

 

発生から頻繁に余震が続いているため、高齢者はさぞかし不安な日々を過ごしている事だろう。

 

寒さや暑さという危険性でいうと、季節がよい5月の発生は不幸中の幸いだったが、これから雨が心配だ。

 

地盤がゆるんで土砂災害がないように自治体や消防署は大きな不安の中で、気が休まる暇はない状態が続くだろう。

 

そして、近年能登の観光が注目をあびていただけに、コロナ禍があけてこれからというゴールデンウイーク中の出来事は、何という神のいたずらなのだろうか。

 

今の自分には遠くから故郷に対して、心からお見舞いを申し上げ、早い復興を祈ることしかできない。

 

こんなことを思いながら久子さんに尋ねた。

 

『能登で大きな地震があったんだよ、知っている?』

 

『そうなの?』

 

『うん、震度6強だから立っていられないくらいの大きい地震だよ』

 

『能登なんて行ったことないからどんなところか知らんわ』

 

『えっ、久子さん能登は行ったことない?』

 

『あんな遠いところいけんわ!それに道も悪いし』

そうか、能登は同じ石川県でも南に位置する加賀地方の人からすると、遠い遠いところだったのだ。

 

隣の福井県や富山県とは行き来するが、能登は加賀地方から100キロ以上離れており、しかも道は細い山道が続くため、行くことはなかったかもしれない。

 

新しい道路ができて加賀地方から2時間ほどで行けるようになったのは、僕が大学を卒業してからだから、久子さんが能登のことを知らないのは本当のことかもしれない。

 

25年ほど前に加賀屋で有名な和倉温泉に家族と親戚で泊まったことはあるのだが、和倉温泉はまだ能登の入り口で、その時は能登の奥までは行かなかったのかもしれない。

 

北陸地方の地震といえば、久子さんの思い出によると、昭和23年の福井地震がすごかったらしい。

 

『家がつぶれるかと思ったわ』

 

久子さんが中学生のころのことで、生まれて初めての大きな地震でこわかったと、昔からよく聞かされた。

 

ぼくはというと、初めて地震というものを経験したのは24歳の時、東京に出てきてからの事で、北陸地方に住んでいた時代、生まれてから大学を卒業するまで経験したことがなかった。

 

だから家族との思い出の中に地震は出てこないため、唯一福井地震の久子さんの昔話が僕の中では印象深く残っている。

 

怖がりの久子さんのことだから、中学1年生の久子さんはさぞかし大騒ぎしたことだろう。

 

石川県の人たちと老人ホームの話をする機会が増えたが、都会と違って明らかに、自分の家で暮らすことを希望している人が多い。

 

おそらく、能登地方の人たちも自宅で住んでいて被災した高齢者が多いと思う。

 

地震だけでなく、雪や大雨、土砂くずれ、雷による停電など、能登地方は何かと高齢者の暮らしには危険が多い所だと思う。

 

家族が近くに住んでいない高齢者や、一人暮らしの高齢者は、ぜひ早めに高齢者が安全に暮らせる所への入居を考えてほしい。

 

でも、輪島の朝市を見てもわかるように、能登の人はいくつになっても働き者で、とても地域に貢献していることも事実だ。

 

80歳をこえる元気なおばあちゃんが、明るい笑顔で魚を売っている。

 

風光明媚で美味しいものがたくさんある能登の観光に、人の良さが加わり、観光客はまた来たくなる場所として生涯忘れられない思い出となることだろう。

 

本当にありがたいことだ。

 

いつまでもお元気で、そして安全に暮らしてほしい。

 

久子さんも73歳くらいまで働いていた。

 

だからか、頭以外はどこも悪い所がないほど元気だ。

 

特に胃腸が元気で、おなかがすいているのか、ご飯の時間ばかり気にしている。

 

負けた息子

 

『久子さーん、こんにちはー、元気そうだね』

 

『あらまあ、珍しい人が来たこと!さあ入って入って!』

 

『今日は食堂の時間が早くなったらしいので、私はもう食堂に行くから、あんた帰るとき部屋の電気を消していってね』

 

『え、どういうこと、まだ食事の時間には早いよ、まだ食堂にはだれもいないよ』

 

『ちがうのよ、今日は特別なの』

 

そう言って、久子さんは食堂に向かった。

 

せっかく久子さんに会いにきたぼくはひとり部屋に取り残され、しばらくテレビを見て、10分ほどして食堂に行ってみた。

 

そこには、誰もまだ食事の準備をしていない食堂に、久子さんがひとりポツンと座っていた。

 

ぼくは急に悲しくなったが、行儀のよい子供のように静かに座っている久子さんの姿を見て笑ってしまった。

 

あー、久しぶりにあう息子との対面の喜びは、久子さんの食欲に負けてしまった。

 

それくらい元気な子供だと思うとおかしくて涙が出そうだ。

2023.05.19