ハイテンションが止まらない・・

 

『ながたさーん、こんにちは』

 

訪問看護師の明るい声に久子さんは大きな声で

 

『はぁーい、どうぞ』

 

と応えている。

 

訪問看護師による週に一度の健康チェックはとてもありがたい。家族の安心につながる。

 

最初のうち、久子さんは何やら警戒している様子で、看護師さんも必要な手順をうまく行えないことが多かったようだ。でも最近は慣れてきたのか、久子さんは自分の体に異常が見られないことをいいことに、看護師さんの前で、とてもハイテンションでよくしゃべる。

 

そして体もくねくね動かしている。

 

『こんなくそバンバいつまで生きとるんか、みんなから笑われてしまうわぁ〜』

 

久子さんはこのフレーズを最近よく口にする。ある時はくそバンバ、またある時はちびバンバ、そしてある時はエロバンバと、キャラを変えている。

 

『ねえ見て見て、こんなに爪の色がきれいになったのよ、いいでしょ〜?うれしいわ!』

そして、お風呂に入る回数が増えたことが原因なのか、久子さんは手や爪がきれいになったことは事実で、そのことをとても喜んでいる。

 

ついに吠えた?!

今日は少し爪が伸びていたので、看護師さんも切ってあげようと、久子さんを説得するが、なかなか言うことを聞かない。

 

『久子さん、爪も指もとてもきれいだから、せっかくなので爪の形もきれいにそろえようね。』

 

ご機嫌でハイテンションな久子さんだが、何を言っても爪を切らせよとしないで、いいかげんな持論をしゃべりだす。

 

『そんなことせんでもええの、この白い部分が大事なの、だから切らないで!!』

 

なんだか久子さんと話していると、ぼくはネコ科の認知症動物を飼っているように思えてくる。

 

看護師さんは、本人が嫌がることを無理にはできないので、じゃあまた来週ね、ということでいつも終了となってしまう。

 

看護師さんが帰ったあと、ぼくはどうしても爪のことが気になってしまい、ついつい注意してしまう。

 

『爪が長くて、スタッフさんや他の人を傷つけてしまうと悪いから、少し切ってもらった方がいいよ』

 

黙っていた久子さんだが、ぼくがいろんな理由を付けて注意していると、いきなり久子さんが吠えた。

 

『ガォー!!ガォー!!』

 

動物のような声とともに、両方の手のひらを広げ、爪を立ててぼくを襲うようなかっこうをした。

 

『あー、びっくりしたー』

突然の出来事にぼくはとても驚き、何が起ったのかわからないまま、思わず叫んでしまった。

 

久子さんは不気味な笑みを浮かべていた。やっぱりぼくが苦手なネコ科の猛獣だ!

 

今日はどうやら、ハイテンションの上に怒りモードも強いようだ。今日のところは、これ以上の爪の話はやめておこう。

 

久子さんは、認知症になってから本当に怒りっぽくなった。

 

あんな優しかった母親がこんなに変化してしまうのだから、この病気は本当にやっかいだ。

 

人間と動物の大きな違いは、本能を理性がコントロールできることだろう。認知症という病気は、そのコントロールもうまくできなくなるのだろうか?

 

看護師さんの仕事を考えると頭が下がる。週に1度のことだが、おそらく毎回看護師さんも久子さんの爪には苦労しているのだろう。

 

どうしても言うことを聞かず、爪が凶器と化したときには、ねこバンバ用の麻酔銃を撃ってもらおうか・・・。

2023.01.18