小さな久子さん

最近、久子さんは人に合うと、必ず防空壕の話をする。

 

昭和11年生まれだから、戦争が激しくなったころは小学校の2~3年生。体格は今も小さいので、小学生の低学年では、かなり小さな女の子だったのだろう。

 

ぼくが子供のころよく聞かされた話がある。

 

久子さんは自分のことを「ちょこまかちょこまか」表現するのだが、小さな女の子(久子さん)はいつもちょこまかちょこまかしていて、体が小さいわりに運動会では足が速かったらしい。これは父も言っていたのできっと真実だろう。

 

父は京都生まれだが、小学生のころ石川県に引っ越してきた。久子さんと同じ小学校だったから、小学生の久子さんを知っているようだ。小さい頃の久子さんの写真も残っていて、昔からよくしゃべる久子さんに「ちょこまかちょこまか」を重ねると、容易に想像できてしまい、つい笑ってしまう。

 

そういえばぼくも小学校の低学年のころ、近くに住んでた子で、同じように小さくてよくしゃべっている女の子がいた。久子さんが表現する、「ちょこまかちょこまか」という擬容語?擬音語?が、その女の子の様子にぴったり合ってしまうので、また笑ってしまう。

 

『戦争が激しくなってきた時、近くにいた大人に首根っこをつかまれて、猫のように、ポイっと防空壕にほうりこまれたのよ、ひどいもんでしょ』

『小さい体だったから、ポイっと、ポイっと、猫捨てるようなもんですよ』

 

久子さんは、自分でポイッと投げるようなしぐさをしながら、ひとりでしゃべって一人で大笑いしている。

 

過去に自分が受けた理不尽さを伝えたいのか、それとも、自分だけ特別な体験をしたことを伝えたいのか、表情と表現を見ると、どうも自慢したいようだから、後者だろう。この話は、訪問診療の先生、訪問歯科の先生、担当ケアマネ、訪問看護師、サービス提供責任者、ヘルパー、デイサービスの職員、皆さん知っている有名な話になった。

 

とにかく久子さんは人と合って話をすれば、必ず30秒以内にはこの話が出ているようだ。皆さん何度聞かされていることか、仕事に忙しいなか申し訳ないなぁと思うが、皆さん初めて聞いたように振舞ってくれる。久子さんにとっては、きっと至福で楽しい瞬間にちがいない、なぜなら自分で言って笑えて、しかも人が楽しそうに聞いてくれる。

 

『皆さん、本当にありがとう』

 

久子さんに代わってお礼を言います。

 

真実はわからない

しかし、この防空壕の話は事実かどうかはあやしい。まず石川県は日本の中で数少ない、空襲がなかった県である。でも防空壕に入る訓練は小学校であったのかもしれない。今となっては真実を知るすべはないが、久子さんとの長い付き合いの中でも、ぼくはこの話を初めて聞いたのは、つい最近であることだけは事実である。

 

戦争のドラマや映画の、小さな子供が防空壕に入れられるシーンが、久子さんの頭に焼き付いているのかもしれない。

 

最近の久子さんは、まるで昔よくあった昼ドラの脚本家のように、苦労と悲哀のシナリオでお涙ちょうだい的な物語を作ってくれる。そして、悲劇のヒロインの役を演じてくれる。 シナリオは安い作家のようだが、演技力は山形のおしんも顔負けかもしれない。

 

かといって否定することはないではないか、これからは演劇を観賞するかのように相槌を打っていこう!ひとり言のように自分に言い聞かせている長男であった。

 

今後の久子さんの昼ドラに乞うご期待!

2022.08.16

カテゴリー:ぼくの久子さん